- 発行日 :
- 自治体名 : 群馬県桐生市
- 広報紙名 : 広報きりゅう 令和7年10月号
◆(6)山中優太君の《転がっていく》
東京藝術大学美術学部絵画科准教授 アーツ前橋チーフキュレーター 宮本 武典(みやもと たけのり)
この夏、東京藝術大学の学生たちが有鄰館で滞在制作を行い、その成果を9月28日(日)まで展示公開しました。藝大の夏休みは7月末から9月末までの2か月間なのですが、その間は上野キャンパスのアトリエが使えないので、学生たちは毎夏、制作場所の確保に苦労します。ですから、朝9時から夜9時まで使え、冷暖房完備、照明や脚立もそろっている有鄰館の赤煉瓦(れんが)倉庫は、藝大生にとって理想的な環境です。
この原稿を書いているまさに今(9月8日)、学生たちは展示初日に向けたラストスパート中なのですが、彼らが桐生で取材・制作したアート作品群の中で、山中優太君の《転がっていく》は、特に地域の方々にお世話になった作品です。
桐生に一番乗りした山中君は、古民家カフェ・PLUS+(プラス)アンカー(本町六丁目)脇の空き家を作業場に使わせてもらい、直径1・6メートルの大きな土団子を作りました。土壁と同じ構造で、竹で球体を編み、土とわらを練り込んだものを表面に何層も塗り重ねていきます。
当初の構想は、この巨大土団子を市内のさまざまな場所で転がし、表面にくっつく路面の凸凹や小石の痕跡を縄文土器のように見せる、というものでした。
しかし、体当たりするように作っているうちに重量が400キログラムを超え、とても有鄰館まで一人では転がせない事態に…。
そこで、見かねたPLUS+アンカー店主の川口雅子さんがお店の常連さんに呼び掛けてくださり、土団子は9月7日(日)の早朝、なんと集まった35人の桐生市民の手で、糸屋通りをゆっくり抜け、有鄰館に無事到達したのでした!
お礼を言うと、「酷暑の屋外で一生懸命に作業する山中君を見ていたから、放っておけなかったのよ。」と川口さん。その結果がこの風景なんだろうなと、胸が熱くなりました。
A地点からB地点へ400キログラムの球体が移動しただけのこと。そこに経済的な意味や宗教的・文化的な背景もありません。また、地域の課題解決に直結するわけでもありません。ただ純粋に、作る人を応援し、皆で楽しむことができる桐生の皆さん、素敵です。来年秋の芸術祭ではもっと楽しみましょう。