- 発行日 :
- 自治体名 : 埼玉県毛呂山町
- 広報紙名 : 広報もろやま 令和7年8月号 No.1019
今年は、太平洋戦争が終結してから80年の節目の年です。太平洋戦争によって尊い命を落とした方は、軍人と民間人を合わせて300万人を超えているといわれており、日本が経験した戦争被害としては、最も大きなものでした。長い歳月を経て、戦禍(せんか)を体験した方が少なくなっていく中で、いかにして当時の様子を次世代に伝えていくかが課題となっています。
今から25年前、千年紀・ミレニアムを迎えた平成12年(西暦2000年)、歴史民俗資料館では、「21世紀に語り継ぎたい毛呂山の昭和」と題した特別展を開催し、町民の方から昭和の思い出を募りました。当時65人の方が自らの体験を寄せており、記念文集『あのひ、あの時をふりかえって』にまとめました。
多くは戦争体験や戦時下のくらしに関するもので、出征(しゅっせい)の体験、銃後(じゅうご)の体験、移民生活、東京大空襲、学童疎開(がくどうそかい)、終戦後のことなどが、手記の中で語られています。
出征の体験では、激戦の南方ミクロネシアやフィリピンミンダナオ島で転戦を強いられた生活、中国大陸で敵兵と至近距離で遭遇(そうぐう)した体験、沖縄では、本島玉砕の知らせを受けてもなお続いた宮古島での過酷な重労働と飢餓(きが)との戦い、出征した兄弟の相次ぐ戦死と悲しむ母親の姿などが綴(つづ)られています。銃後の体験は、直接戦地に赴(おもむ)かない女性や子どもたちの目から、戦意高揚(せんいこうよう)に沸く一方で、身内を失った悲しみや軍需工場(ぐんじゅこうじょう)での学徒勤労動員の様子、親元を離れて東京から集団疎開で毛呂山町の寺院にやってきた児童たちの生活が語られています。戦禍は終戦後も続き、捕虜となってシベリアでの4年にも及ぶ抑留生活(よくりゅうせいかつ)など、どれも貴重な証言集となっています。
手記からは、戦地の悲惨さや戦中戦後の食糧難の苦しみなど二度と経験したくない戦時下の生活とともに、人類にとって平和がどれだけ尊いものかが伝わってきます。
現在の世界に目を向けると、各地で軍事衝突(ぐんじしょうとつ)が止むこと無く繰り返されています。80年目の夏を迎え、過去の戦災で亡くなられた多くの方々への追悼(ついとう)とともに、平和について改めて考えてみてはいかがでしょうか。