くらし 【特集】「すぎなみビト」日本フィルハーモニー交響楽団を支える人々(1)

杉並は家族のような温かさに満ちた、楽団のホームグラウンド

■プロフィール
◇後藤朋俊(ごとう・ともとし)
昭和60年に入団。ビオラ奏者として30年間活動した後、運営へ転身。同楽団で常務理事を務める。

◇杉山まどか(すぎやま・まどか)
令和4年に入団。「音楽の森」部署にて、室内楽アウトリーチ活動、区との連携における連絡・調整などの役割を担う。

◇別府一樹(べっぷ・かずき)
平成27年に入団。区との提携事業を含む社会活動を担う「音楽の森」部署を経て、現在は理事長室長、制作部アドバイザー、「東北の夢プロジェクトリーダー」を務める。

■練習場所の確保がきっかけとなり拠点を杉並へ
◇区との提携事業における皆さんの役割・担当を教えてください。
後藤:昭和60年に入団し、ビオラ奏者として30年間活動した後、運営に転身してオーケストラ全体の統括に関わりながら、令和5年より社会活動に関わる部署「音楽の森」の責任者を務めています。

別府:私は平成27年の入団当初から「音楽の森」に携わり、室内楽を区内の小中学校や福祉施設などへ届ける活動を担当していました。以降、区とコミュニケーションを図りながら「区民が必要としていることは何か?」を一緒にじっくりと考え、いろいろな企画を立ち上げてきました。例えば、区制施行90周年のときに杉並区の曲「交響詩〔鼓吹の桜〕」を作り上げたこともその一つです。

杉山:私は令和4年に入団し、「音楽の森」の活動に携わっています。令和6年11月に行った、区と日本フィルの友好提携30周年記念コンサートの企画制作も担当しました。主催者や会場・奏者との架け橋的な役割を果たすのが私の仕事で、演奏会の趣旨から1日のタイムスケジュール・曲目などあらゆることを話し合い、奏者との調整を行っています。

◇区と日本フィルが友好提携に至ったのはなぜだったのですか?
後藤:日本のオーケストラは拠点となるホールを持っていないため、練習場所の確保が常に課題としてあります。日本フィルも練習場所の不足という問題を抱えていた中で、杉並公会堂を練習場所として提供してもらえるという話が区から上がってきたのが最初のきっかけです。区としては、当時杉並公会堂の建て替えが計画段階にあり、新しいホールにオーケストラが居てくれたらと考えていたようで、双方の希望が一致したこともあって友好提携を結ぶに至りました。自治体とオーケストラが明確に提携を結ぶのは前例がなく、とても珍しいことでした。

◇区とはどのような活動をしているのですか?
別府:区内各所での室内楽公演が年25回ほど。杉並公会堂での公開リハーサルおよびコンサート、区役所などでのロビーコンサートがそれぞれ年に数回あり、毎年3月には「春休みオーケストラ探検」という0歳から入れるコンサートを開いています。そのほか、区立施設などで出張コンサートを行っています。また、提携事業ではありませんが、区のふるさと納税寄付金を活用し、東日本大震災の復興支援活動として被災地でコンサート・ワークショップを行っています。深い関係を築けていたからこそ実現できた取り組みだと思います。

■友好提携の好影響が演奏の質や社会活動の底上げに
◇友好提携は楽団にどのような影響を与えていると感じますか?
後藤:オーケストラの音づくりに非常に良い影響を与えていることは明らかです。杉並公会堂という素晴らしいホールを練習場所として確保できたことで、演奏の質が確実に向上しました。あらゆる指揮者たちが「ここで練習できるのはとても幸せなことだ」と言います。同時に、日本フィルが昔から力を入れてきた社会活動も、区との提携を通してより深く充実したものになりました。この経験は、他の地域で活動するときにも生かされています。オーケストラが現代社会の中でどうあるべきか、日本フィルはそこを先取りして活動してきたと言えるでしょう。

◇区内での活動で特に印象深いエピソードがあれば教えてください。
別府:さまざまありますが、やはりコロナ禍抜きには語れません。令和2年2月末、日本フィルは予定していた全ての公演の中止を決めました。その後、感染拡大で先が見えない中、「コロナ禍で何ができるのか?」を考え続け、区と杉並公会堂と共に室内楽コンサートの再開を試みました。1000席以上もある杉並公会堂に数十名の観客を招き、全員がマスクを付けての公演再開。あの日、生の拍手に感動した気持ちは今でも忘れられません。皆さんとの信頼関係なしには踏み出せなかった、コロナ禍での第一歩でした。

後藤:何カ月もオーケストラが演奏しないというのは前代未聞。それは奏者にとってはとても怖いことなんです。そこをできる限り早い段階で、ホームグラウンドである杉並の温かさの中で再開できたのは、本当に幸せな環境だったと改めて思います。

◇区民との交流を、奏者の皆さんはどう受け止めていると感じますか?
杉山:それは絶対にプラスの経験になっていると思います。例えば小中学校で室内楽公演を行うと、子どもたちのアンコールの掛け声や、楽器を近くで見たときの驚き・感動といった反応の一つ一つが、本当に素直で素晴らしいのです。そういった反応をダイレクトに肌で感じると、確実に奏者も演奏に熱が入ります。

別府:大きなホールでの演奏とは、また気持ちも違いますよね。目の前の区民の皆さんにいい音楽を届けるんだというリアルな体験は、奏者の心の支えになっているのではないでしょうか。