- 発行日 :
- 自治体名 : 東京都葛飾区
- 広報紙名 : 広報かつしか 令和7年8月15日号
■人権を守る社会をつくるために
◇執筆者プロフィール
李 美淑 氏
大妻女子大学文学部コミュニケーション文化学科准教授。女性や社会的弱者に対するメディア研究とジャーナリズム、国境を越える社会運動とメディア実践、ジャーナリズムの国際比較研究を行う。著書に『「日韓連帯運動」の時代1970-80年代のトランスナショナルな公共圏とメディア』などがある。
○はじめに
デジタル・テクノロジー(※1)は、国境を越えて人々のつながりを生み出し、互いの理解と対話に基づく民主的な社会を世界にもたらすと期待されていました。しかし最近は、民主的な社会を推進する方向とはむしろ反対の衝動をかき立てているように見えます。
人権が守られる民主的な社会をつくるには、2つの要素が重要です。1つは、重要な価値判断を自律的に行うことのできる市民の存在です。もう1つは、政治的な立場が異なっても対話で調整できる社会であることです。しかし、今日これらの要素は、大きな危機にさらされています。
※1…情報・通信などを数値(デジタル)で処理する技術
○情報社会の仕組み
私たちがインターネットやスマートフォンでやりとりする情報は「アテンション・エコノミー」によって支配されています。アテンション・エコノミーとは、魅惑的な動画などで人々を引きつけ、そこで獲得した人々の時間とアテンション(関心・注目)を広告主に販売するという仕組みです。検索エンジンやソーシャルメディアを提供するプラットフォーム企業(※2)は、脳科学分野に投資し、どうすれば人々を刺激して、その時間と関心・注意を獲得できるかを工夫してきました。企業は、人々が刺激から離れられないような「中毒性」のある情報環境を築いてきたのです。
※2…インターネットを使って企業や個人を結ぶ場を提供する企業
○奪われる「考える力」
こうした情報環境の中、人々はどのように情報に接し、判断しているのでしょうか。
個人のインターネット上での検索履歴や閲覧履歴などに基づき、絶えず関心・注意を引く情報を流し込む「アテンション・エコノミー」の中で、人々は受動的な情報摂取に慣れています。プラットフォーム企業が提供する情報の渦に飲み込まれ、自分で物事を考え、判断する力を養うことが妨げられています。
考える力が奪われたことで、複雑で重要な問題に対する判断を行うよりも、物事を単純化して情緒的に訴えかけるインフルエンサー(社会への影響力が大きい発信者)や政治家を歓迎する人々が増えています。何かを破壊したり、誰かを追い払ったりすれば、社会のさまざまな問題が解決できるかのように扇動され、その意見に同調し、すぐにSNSで「いいね」を押す人々がつくり出されているのです。
○つくられる対立
政治的な立場が異なっても対話で調整できる社会であることについてはどうでしょうか。
「アテンション・エコノミー」の中で、対立をあおるフェイクニュース(真実ではない記事)や誹謗中傷、陰謀論は、人々の関心・注目を集める要素として利用されています。自分の信念や思想に賛成してくれる情報を「真実」とみなし、自分と異なる主張を行う人々を、否定したり、排除したりしても良いとする暴力的な意見を受け入れやすくなります。2021年1月にアメリカで起きた連邦議会襲撃事件や、2025年1月に韓国の地方裁判所で起きた暴動はいずれも、選挙で不正が行われたと信じた人々が、暴力をもって自分たちの「正義」を実現しようとした事例でした。
デジタル・テクノロジーは、今や、民主的な社会を脅かす存在になりつつあります。
○人権を守る社会をつくるには
デジタル・テクノロジーの背景には「アテンション・エコノミー」の仕組みがあることを意識しましょう。SNSなどで「いいね」を押す前に、その「いいね」が他の人を傷つけたり、異なる意見の人を排除したりすることがないかを考えることが、人権を守る民主的な社会を築く第一歩になるのです。
■差別のない社会をめざして
▽同和問題(部落差別)とは
日本社会の歴史的発展の過程で形づくられた身分制度や、歴史的、社会的に形成された人々の意識に起因する差別が、今でもさまざまな形で現れている重大な人権問題です。
封建時代に、武具・馬具や多くの生活用品に必要な皮革を作る仕事や、地域の警備を行う仕事など、当時の生活に欠かせない役目を専門に担っていた人々がいましたが、住む場所・仕事・結婚・交際など生活の全ての面で厳しい制限を受け、差別されていました。そのような人々が住んでいたところが「同和地区(被差別部落)」といわれています。
残念ながら現在でも、同和地区の出身であるなどの理由で、いわれなき差別を受けている方々がいます。
▽現在も続く部落差別
今日においての部落差別は、結婚など人生の大事な場面に表面化しやすく、令和6年度に実施した「葛飾区世論調査」では、調査回答者のうち約10人に1人が、子どもの結婚相手が同和地区出身者の場合の対応として「反対する」または「賛成するが、相手の家族とはあまり親戚付き合いをしない」と答えています。
また、区内では、平成13年以来同和問題に関する差別落書きが断続的に発生しています。差別落書きは当事者の心を深く傷つける行為であり、新たな差別行為へとつながりかねません。差別落書きを発見した場合は、人権推進課(【電話】03-5654-8148)へご連絡ください。
▽インターネット上での部落差別
インターネット上では、不当な差別的取り扱いを助長・誘発する目的で特定の地域を同和地区であると指摘する事件が発生しており、近年件数も増加しています。
このような書き込みは当事者の心を傷つけるだけでなく、誰でも容易に検索できてしまうことから、見た人に偏見を持たせたり、結婚や就職差別につながる身元調査に悪用されたりする恐れがあります。
また、令和2年に法務省が公開した「部落差別の実態に係る調査結果報告書」では、同和問題関連のウェブページを閲覧していた人の約4人に1人が、引っ越し先の地域や関係者の出身地について調べてみようと思ったなどといった差別的意図がうかがわれる理由で閲覧していたことが判明しています。
このような状況は、部落差別が過去のものではなく、今でも私たちの生活の中に潜んでいることを表しています。私たち一人一人がこの問題について考え、差別を許さない社会にするために何ができるのかを考える必要があります。
《インターネット上の人権侵害情報に関する人権侵犯事件(新規開始)》
▽インターネット上の人権侵犯事件
令和2年…1,693
令和3年…1,736
令和4年…1,721
令和5年…1,824
令和6年…1,707
▽うち名誉毀損
令和2年…430
令和3年…483
令和4年…346
令和5年…415
令和6年…329
▽うちプライバシーの侵害
令和2年…900
令和3年…725
令和4年…665
令和5年…542
令和6年…635
▽うち識別情報の摘示(※)
令和2年…211
令和3年…296
令和4年…414
令和5年…430
令和6年…475
※特定の地域が同和地区である、またはあったと指摘するもの
出典:法務省「令和6年における「人権侵犯事件」の状況について(概要)~法務省の人権擁護機関の取組~」
担当課:人権推進課
【電話】03-5654-8148