- 発行日 :
- 自治体名 : 福井県坂井市
- 広報紙名 : 広報さかい 2025年3月号
■江戸時代の災害記録
災害といえば、昨年元旦に発生した能登半島地震や、その後発生した豪雨災害は記憶に新しいところです。こうした災害は江戸時代の丸岡藩でも発生し、さまざまな記録に残っています。左上の表は、資料をもとに作成した有馬氏時代に発生した災害の一覧です。
丸岡城で地震といえば福井地震が思い起こされますが、江戸時代にも天保(てんぽう)4年(1833)と安政(あんせい)5年(1858)に発生しています。特に安政の地震では、丸岡領内に甚大な被害が出たようです。丸岡城の被害も甚大で、天守だけでなく櫓(やぐら)、番所(ばんしょ)、門、堀や石垣が被災しています。
丸岡藩の領内で洪水が発生し、多くの被害が出た記録が残っています。加えて、洪水が原因と思われる凶作(農作物の不作)も被害記録が残っています。
また、凶作は洪水に限らず度々発生しています。多い時には三万石近くの被害が出たようです。これを仮に一石=30万円で計算すると、およそ90億円の被害が出たことになります。
火災は丸岡城下と江戸の屋敷両方の記録があります。丸岡の城下町でも度々火災が発生し、大きな被害が発生しています。木造家屋が並ぶ城下町にとっては、火災は恐ろしい災害。現在も城下町の各所に火防地蔵(ひぶせじぞう)・火除地蔵(ひよけじぞう)が祀られています。
このほか、大雪や飢饉(ききん)、小糠虫(こぬかむし)(稲につく害虫)の発生といった災害記録が確認できます。こうした災害の記録とともに、災害復興の記録もあります。幕府へ修理の許可を求める届出や復興財源を求める記録が残されています。
天守の鯱(しゃち)は、災害で落下し、慶応(けいおう)元年(1865)に修理したと墨書があります。鯱の墨書も、こうした復興の記録の一部といえます。江戸時代に書かれた記録には、多くの災害と、それを乗り越えようとした跡が記されているのです。
◇有馬氏時代に発生した災害一覧(『丸岡城略史』より作成)