文化 想いを石に刻む～高遠石工の歩いた道～

■Vol.39　守屋貞治の一番弟子　渋谷藤兵衛(1)
高遠石工守屋貞治(もりやさだじ)は大変腕の立つ石工でしたが、晩年は眼病にかかり、視力がかなり低下していました。眼病のことは、『守屋貞治旅日記』の七面山(しちめんざん)登山の記録に記されています。この状況から、貞治晩年の作は大部分が弟子達の細工によるもので、貞治はわずかな仕上げの部分を担う程度になっていたと考えられます。
貞治の弟子の中で特に優れた技能を身につけたのは、下川手村(現伊那市美篶)の石工渋谷藤兵衛(しぶやとうべえ)であったと言われています。藤兵衛は、高遠町西高遠の建福寺(けんぷくじ)にある楊柳観音(ようりゅうかんのん)や美篶下川手にある洞泉寺(とうせんじ)の宝篋印塔(ほうきょういんとう)、長谷杉島宇津木にある報恩寺(ほうおんじ)の西国三十三所観世音などを造ったとされる石工です。貞治にも劣らぬ優れた石仏を遺しているので、これから数回にわたり渋谷藤兵衛作とされる石仏を取りあげたいと思います。
今回は伊那市指定有形文化財となっている洞泉寺の宝篋印塔を紹介します。この宝篋印塔は高さ4メートルほどの大変大きな塔で、高遠の青石(輝緑岩(きりょくがん))を用いています。宝篋印塔の一番下の台は基壇(きだん)と呼ばれ、天保9年(1838)に造ったこと、要戒和尚(ようかいおしょう)の書を刻んでいることが示されています。これにより、守屋貞治没後のものであることがわかります。基壇の上には基礎の石が積まれ、ここには伏せた形の蓮(はす)の葉が浮き彫りになっています。その上には丁寧に磨き込まれた二層の塔身(とうしん)があり、下の層には願文(がんもん)が刻まれ、上の層には梵字(ぼんじ)が刻まれています。屋根の上には宝輪(ほうりん)が均等な幅で美しく刻まれています。いずれも繊細(せんさい)な表現です。
宝篋印塔は宝篋印陀羅尼(だらに)経という経典を納めるための塔で、屋根の隅飾(すみかざ)り(隅につけてある装飾)が特徴的です。ところが、多くの高遠石工は隅飾りのない多宝塔(たほうとう)に見られるような屋根を載せた宝篋印塔を造っています。ある意味でそれが高遠石工の宝篋印塔というイメージを形成してきたのですが、藤兵衛は全国的に見られる隅飾りつきの宝篋印塔にしています。もしかすると、藤兵衛はこれまでの高遠石工の伝統的な表現技法から抜け出して独自性を示そうとしたのかもしれません。

問合せ：高遠町歴史博物館