- 発行日 :
- 自治体名 : 愛知県弥富市
- 広報紙名 : 広報やとみ 令和7年5月号
伊勢湾台風から令和6年9月26日で65年が経過しました。このコーナーでは、現在ガイドボランティアとして活躍しているメンバーの被災体験を紹介します。
◆(9)鉄道のありがたみを実感
伊勢湾台風で、自宅は一度床上まで浸水した。畑の作物や小屋はだめになってしまったが、水はすぐに下がったので、幸いにも大きな被害はなかった。
風雨が収まったらとりあえず就寝したが、朝起きたときに近所の人に避難したほうが良いと言われ、当時は小高くなっていた近所の五反波山(五之三、現在の五反波公園)に避難した。水が引いていたので歩けるほどで、危険はなさそうだったので帰宅した。
当時は名古屋市内の高校に通っていて、名鉄五ノ三駅から弥富駅まで行き、そこから名古屋方面に行く近鉄に乗り換えて通学していた。しかし、浸水により鉄道が不通となり、しばらく通学できなかった。その間は自宅の片付けや、飛島村で被災したおばの手伝いなどをしていた。1カ月後に名鉄の運行が再開したので、名鉄でまず一宮に向かい、一宮駅から名古屋へと遠回りして通学した。それからさらに2カ月後くらいに近鉄の運行が再開して、それまで通りに通学できるようになった。
学校に行けるようになり、鉄道のありがたみを実感した。通っていた高校の学生たちは被災地の応援に行っていたので事情を知っていて、多くの人が「調子はどうだ」などと、気遣いの声をかけてくれたのが嬉しかった。
加藤毅、当時高校1年生