- 発行日 :
- 自治体名 : 三重県伊賀市
- 広報紙名 : 広報いが 2025年4月号
■墨塗り教科書
今年は太平洋戦争の終戦から80年の節目の年にあたります。終戦によって、当時の日本社会は大きな価値観の転換を迫られました。そのひとつに教育があります。
学校では、終戦翌日の昭和20(1945)年8月16日に学徒動員が解除され、文部省から9月中旬の授業再開が指示されました。
しかし、国防や戦意高揚を強調した戦前の教育内容や教材をそのまま使用することはできませんでした。同年12月には、連合国軍の指令により、軍国・国家主義的な思想の徹底的な排除を理由に修身・日本史・地理の3教科が授業停止となります。
こうした価値観の大転換が如実に表れたのが墨塗り教科書での授業です。阿保町国民学校「沿革誌」には、
教育全般ニ亘(ワタ)リ軍国主義的ナ一切ノ教材ヲ抹消スベク指令アリ、教科書特ニ国語教科書ノ教材ヲ抹消スルモノ多ク、墨デ塗リツブサレタ教科書ニヨル教育ヲ実施スル
とその様子が記されています。
下段の写真(※本紙参照)は、当時の国語の教科書『よみかた四』です。国民学校では、第2学年の教材として使用されていました。黒く塗りつぶされた部分には「満洲の冬」と題された文章が掲載されていました。満洲の美しい自然と、スケートで元気に遊ぶこどもを牧歌的に表現した文章です。
兵隊や軍艦をテーマとした文章とは異なり、一見すると戦意高揚とは関係のない文章に思えますが、戦中に日本が占領下に置いた満洲を題材とすることが許されなかったと考えられます。
墨塗り教科書は、墨で塗りつぶすだけでなく、削除すべき部分を切り取ったり、貼り合わせたりすることもありました。そして、それらの作業は児童・生徒自身が行いました。こどもたちにとって、教科書を塗りつぶす作業は、終戦と価値観の大転換を実感させる出来事であったことでしょう。
問合せ:文化財課歴史資料係
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