くらし 逃げる力が、命を守る―いま、自助を考える―
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- 発行日 :
- 自治体名 : 和歌山県有田市
- 広報紙名 : 広報ありだ 令和7年9月号
■津波てんでんこ
東北の三陸地方には「津波が来たら、いち早く各自てんでんばらばらに高台へ逃げろ」という言い伝えがあります。
災害は、突然やってきます。そのとき、あなたは「迷わず逃げる」と決められますか?
日本では、いつ、どこで大きな地震や津波が起きても不思議ではありません。自分と家族の命を守るには、「備え」と「判断」が必要です。
災害時に重要とされるのが、「自助・共助・公助」。このうち、最初に自分や家族を守るための行動をとるのが「自助」です。
「自助」とは、自分の命を守る行動を、自分で選び、実行すること。そしてその行動が、結果として家族や周囲の人の命を守ることにもつながる、それが「自助」の力です。
今月号では、実際に市内であった避難行動の実例を紹介しながら、家庭でできる備えや、話し合っておきたいポイントをご紹介します。
災害が起こる前に、「自分が助かるための選択肢」を準備しておくこと。それは、あなたの大切な人の命を守るための第一歩でもあるのです。
■命を守るために、いま備える―小学5年生の決断が教えてくれた「自助」の力―
片田教授の言葉を、あらためて深く心に刻むきっかけとなる出来事が、今年7月に起こりました!
◇「こわいな、まだ死にたくない」小学5年生、ひとりで避難を決断
7月30日(水)、カムチャツカ半島沖で発生したマグニチュード8.8の大地震により、市内には津波警報が発表されました。そのとき、自宅に一人でいた小学5年生の南口月和ちゃんは、自分の判断で非常用持出リュックを背負い、避難所へ向かいました。
「通知で『津波がくる』って見て、こわいな、まだ死にたくないって思いました。迷ったけど、友達から『もう避難してるよ』って連絡がきて、それで私も逃げようって思って、リュックを持って避難所に行きました」
ご両親は仕事、妹さんは学童保育中という状況で、月和ちゃんはお家に一人きり。けれど、恐怖や迷いの中でも、事前に用意していた非常用持出リュックを手に、避難の判断を自分自身で下したのです。
◇「家族での話し合い」が、こどもの判断を後押しした
父・元哉(もとや)さんは、こう振り返ります。
「小学校での避難訓練の話を家で聞いたりはしていたんですが、実際に『こういう状況になったらこう動こう』という家族での話し合いは、正直あまりできていませんでした。でも、SNSなどで災害関連の情報を見る機会も増えたこともあり、家族で防災グッズを見直して揃えなおしていたんです。それが、まさに今回役立ちました」
母・千晶(ちあき)さんも言います。
「防災グッズがあれば安心だけど、最悪、リュックを持たなくてもとにかく逃げてくれればそれでいい。でも、事前に備えていたからこそ、こどもが『これを持って逃げる』という判断を冷静にできたんだと思います」
◇「まあ大丈夫」と思っていた父親が語る「自助」への気づき
「正直、僕自身は、『まあ大丈夫だろう』と思うタイプでした。でも、準備していたことで、こどもが自分で判断して逃げられた。何も備えがなければ、きっと逃げられなかったかもしれない。僕のように、『起きないだろう』と思っている人にも、大切な人のために何か一歩踏み出してほしいと思います」
家族で話し合うこと、そして「最低限の備え」をしておくこと。それだけでも、いざという時にこどもが自分で命を守る判断をしやすくなります。
千晶さんも言います。
「今回の件は、私たちにとっても反省点がたくさんありました。だからこそ、今後はもっと話し合って、備えを進めたいと思っています」
このたびの南口さんご家族の体験は、災害が「突然」起こりうること、そしてそれに備える日頃の準備の大切さを、あらためて気づかせてくれるものです。片田教授が繰り返し伝えてきた「自らの命は、自らが守る」という〝自助〞の精神。それは、災害時に誰かを待つことではなく、日常の中で「自分で選択する力」を養うことです。
災害は避けられません。けれど、「命を守る行動」は、いま選べます。もし今日、災害が起きたらー
あなたと、あなたの大切な人は、どう動きますか?
この問いを、ぜひ今日、ご家庭で話してみてください。
小さな会話が、大きな備えにつながります。
■東京大学大学院 情報学環特任教授 片田 敏孝(かただ としたか)氏
◇「自助」の意識が、命を守る力になる。
災害はいつ、どこで起きるか分かりません。だからこそ、人は「人として逃げられない」のです。迷い、ためらい、判断を誤ってしまう。災害はそんな人間の弱さを突いてきます。
だからこそ、大切なのは「平時」の準備です。
家族と話し合ってください。「その時」が来たら、どう動くか。どこに逃げるか。どんな状況でも、それぞれが命を守る行動をとれるよう、あらかじめ決めておくのです。
私は講演で繰り返し伝えてきました。
◇【自らの命は、自らが守る】
これが「自助」です。そして「自助」は、ただ自分を守るだけでなく、大切な家族や友人を守り、悲しませないことにもつながります。
災害は避けられません。しかし、「命を守る行動」は選べます。その選択肢を、いま、家庭で、地域で話し合ってください。
自分が助かるという意志が、結果として多くの命をつなぐ力になるのです。