- 発行日 :
- 自治体名 : 香川県
- 広報紙名 : みんなの県政 THE かがわ 令和7年11月号
昭和60年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されてから今年で40年を迎える笠島(かさしま)地区。県内唯一の町並み文化財として江戸時代の町屋や土蔵が残る歴史的な港町の文化と伝統を今に伝えている。
■丸亀市
塩飽本島町笠島地区
Kasashima District,Honjima Town,Shiwaku
国の「重要伝統的建造物群保存地区」選定から40年。
◯「本物」を残さないといけない。
「建物だけではなく、山や道、畑、生活する人も含めて全てが文化財」と話すのは、本島町笠島まち並保存協力会会長の三宅邦夫さん。笠島地区のある本島は、古くから瀬戸内海の海運の要衝を占める塩飽諸島(しわくしょとう)の中心的な存在。平安時代には関白藤原家の荘園として、その後は織田信長や豊臣秀吉、徳川家康といった時の中央最高権力者に「直轄地」として統治されてきました。100軒余りの建物は、江戸後期以降から戦前にかけて建てられたもので、当時の伝統的な構造や意匠が状態良く受け継がれ、「本物」の建造物群を構成しています。
昭和50年、文化財保護法の改正によって伝統的建造物群保存地区の制度が発足し、全国各地に残る歴史的な集落・町並みの保存が図られるようになりました。笠島地区の特別性は早期に認識され、昭和60年4月に「重要伝統的建造物群保存地区」として国に選定されました。この選定は、全国で22番目と早期の選定で、現在も県内では笠島地区が唯一の選定地となっています。
「憲法に記載があるほど、『文化的な生活』は国民にとって重要なこと。本物を残さないといけない。これが日本の文化を守るということ」と三宅さんは語ります。保存地区に選定されて40年。先人たちが長い歴史の中で作り上げた「本物」の日本文化は、住民の熱い思いによって受け継がれています。
◯完堅精巧(かんけんせいこう)な塩飽大工の技
特に江戸末期からにかけて、瀬戸内沿岸を中心に活躍したのが塩飽大工。彼らは造船技術の発展を生み出し、塩飽水軍とともに大勢の船大工を輩出しました。塩飽大工には船大工をはじめ、家を建てる家大工や宮大工、指物(さしもの)大工(くぎを使わず家具などを作る木工職人)など専門家がいて、多い時には本島の家庭の3軒に1軒は大工職人の家だったことも。笠島地区には、当時の栄華をしのばせる立派な家が並んでいます。
笠島地区の南北を通る「東小路(とうしょうじ)」や、弓のように湾曲した「マッチョ通り」沿いに軒を連ねる家では、至る所に塩飽大工の技を見ることができます。塩飽諸島が幕府の直轄地であったことや、海上交通が盛んだったことから、虫籠窓やなまこ壁、親子千本格子など、京都や奈良の建物に倣った構造やデザインが多く見られ、優れた景観美を作り出しています。
かつて塩飽水軍の拠点だった笠島地区。集落内は城下町のように見通しが効かない狭い道路が網の目のように通っています。
高台から集落を一望できる。かつてシーボルトも見た風景と言われている。
1.焼杉板の外壁:外壁の板材を焼くことで、潮風による塩害から家を守る防腐効果がある。
2.なまこ壁:壁面に平瓦を並べて貼り、継ぎ目部分に漆喰を高く盛り上げて塗る技法。
3.親子千本格子:長い格子と短い格子を組み合わせた、京町屋でもよく見られる出窓。
4.虫籠窓(むしこまど):家の二階にある虫かごのように格子を付けた窓。
※詳細は広報紙4~5ページの写真をご覧ください。
◆EVENT 40周年記念シンポジウム
11月16日(日)午後1時~
丸亀市保健福祉センター(ひまわりセンター)4階研修会議室1、2
※定員100人程度
※オンラインでの参加も可能です
※詳細は広報紙5ページの二次元コードをご覧ください。
