くらし 移住者が紡ぐ暮らしの物語(1)

瀬戸内の小さな島々に、今、確かな希望の光が灯っています。
手島と広島――それぞれの島が、移住者の手によって新しい物語を紡ぎ始めています。静かで、あたたかく、そして力強く。
周辺の島々と寄り添いながら、瀬戸内の未来を育んでいくことでしょう。
今回の特集では、そんな希望に満ちた物語をご紹介します。

■広島
人口約150人。
その多くが65歳以上のこの島に、2つの大きな変化が訪れました

◆島に響く、子どもたちの声
令和6年1月、江の浦港の待合所がリニューアルオープン。観光客と島民を迎える「島の玄関口」が、カフェ併設の憩いの場として生まれ変わりました。
そして令和7年春、子育て世帯が広島に移住したことにより15年ぶりに小学校、16年ぶりに中学校が再開。島に再び子どもたちの声が戻ってきました。

◆地域と企業がつなぐ未来
この変化を後押ししているのが、企業版ふるさと納税を活用した株式会社トリドールホールディングス(東京)による支援です。同社は市と地域活性化包括連携協定を結び、「共創型地方創生」をテーマに、産業・観光・芸術文化・離島振興など幅広い分野で地域の人たちと協力しながら活動を進めています。
また、社員が広島に移住し、住民と対話を重ねながら、地域に寄り添った取り組みを続けています。企業と地域が一緒になって未来を描く、新しい地方創生のかたちがここにあります。

■「子どもは島の宝」
長く休校していた島の小中学校に、子どもたちの笑い声が再び響き始めました。移住してきた3世帯の子どもたちが通い始め、静かだった校舎に笑顔と活気が満ちています。田植えや季節の行事を地域の人たちと一緒に楽しみながら、子どもたちは島の暮らしに自然と溶け込んでいます。島民たちは「子どもは島の宝。みんなで見守りたい」と微笑みます。

【広島物語 世代を越えて紡がれる、静かな絆】
・広島地区活性化協議会 会長 白賀 誠治さん
・画家 齋藤 茉莉さん(移住10年目/東京都出身)

◆島本来の魅力を伝えていきたい
東京から広島へ移住した齋藤さん。そのきっかけは、美術大学生の頃に参加した「HOTサンダルプロジェクト※」でした。島での暮らしを通して、便利さよりも人とのつながりや季節の移ろいを大切にするようになったといいます。大きく変わったことの一つが、60歳以上の友人がたくさんできたこと。地域の行事などに参加しながら、島の一員として暮らせることに喜びを感じています。
「この島の人は本当に優しくて、若者の挑戦を応援してくれる雰囲気があります。だからこそ、自分らしい暮らしを続けられているのだと思います」と齋藤さん。
現在は画家として制作を続けながら、江の浦港船客待合所内にある江の浦案内所のスタッフとして勤務。訪れる人との会話を楽しみながら、観光地化されていないからこそ感じられる、島本来の魅力を伝えています。

一方、白賀さんは広島生まれ・広島育ち。島の人口減少に危機感を抱き「何とかしたい」という思いから、6年前に仲間とともに協議会を設立しました。令和元年には、国の農泊事業を活用し、観光名所「尾上邸」を宿泊・交流施設へと改修。また、江の浦港船客待合所に併設されたカフェ「みなとのピザ屋さん」の運営や、案内所での特産品の販売などを通じて、観光振興と地域活性化に取り組んでいます。
「島の未来は、外から来た人と、もともと島にいる人が一緒につくっていくものだと思っています。茉莉ちゃんのような若い世代が島に来てくれることが、何よりの希望です。もっと多くの人に広島を知ってもらい、関係人口を増やしていきたい」と白賀さんは語ります。

若い世代が根を張れる環境づくりを進めたいと語る白賀さん。島の暮らしに寄り添いながら、自らの表現を通して地域に関わっていきたいと話す齋藤さん。ふたりの想いが紡ぐこの島には、静かで力強い未来が、確かに育ちつつあります。

※全国の美術大学生が夏休みを利用して市内の島に滞在し、地域の人たちと交流しながら作品制作を行うプロジェクト

◎尾上邸は、江戸後期に廻船(かいせん)業で栄えた尾上家の邸宅で、青木石の石垣と塩飽大工の技術が光る建物です。現在は地元住民の協力のもと、宿泊や見学の受け入れを行っています。

江の浦港船客待合所に併設された「みなとのピザ屋さん」では、島特産のイノシシ肉を使った「島ピザ」や、青木石の石臼で挽(ひ)いたコーヒーなどが楽しめます。屋上のテラスは、瀬戸内の多島美を望む憩いの場として親しまれています。
・江の浦案内所 午前10時~午後4時半
・みなとのピザ屋さん 午前11時~午後4時(土・日曜、祝日のみ)

・みなとのピザ屋さん
・尾上邸HP
※二次元コードは本誌P.3をご覧ください。