くらし 移住者が紡ぐ暮らしの物語(2)

■手島
人口20人足らずの小さな島。
その半数が移住者のこの島には、伝統文化を守りながら暮らす人たちの姿があります

【手島物語 島の風土に寄り添いながら、島の未来を育てる】
・手島香辛庵 高橋 周平さん(移住5年目/善通寺市出身)
◆自分が見たい景色を自分でつくりたい
高橋さんが初めて手島を訪れたのは13年前。東京の美術大学に通う学生として、「HOTサンダルプロジェクト」に参加したことがきっかけでした。島の人たちと交流しながら作品を制作する中で、手島の風景と人の温かさに心を動かされたといいます。
中でも印象的だったのが、島で唯一「香川本鷹」を栽培していた高田正明さんとの出会いでした。高田さんが育てた唐辛子を初めて目にしたとき、高橋さんは「こんなに艶やかできれいなものがあるのか」と感動し、その美しさを自身の作品にも取り入れました。
卒業後も高田さんとの交流は続いていましたが、高田さんが亡くなり、畑は高齢の妻が守ろうとしました。その後、継続が難しくなったことを知った高橋さんは、「このままでは、自分が好きな景色が失われてしまう。失われるくらいなら、自分でつくろう」と決意し、令和3年に手島への移住を果たしました。

かつて耕作放棄地だった畑を、自らの手で耕すことから始まった香川本鷹づくり。高橋さんは無農薬栽培にこだわり、肥料の配合や病害虫対策に試行錯誤を重ねながら、自然と向き合ってきました。収穫までの道のりは決して平坦ではなく、植え付けから収穫、選別、出荷までのすべての工程を一人で担うには限界もあるといいます。
近年は、気候変動の影響で香川本鷹の育ちが不安定になり、思うような収穫が得られない年も増えています。そこで、高橋さんは香川本鷹と”相性の良い作物“として、レモンや柚子、空豆などを組み合わせながら、畑の可能性を広げる挑戦を続けています。収穫方法や栽培方法を見直しながら、少しずつ成果を積み重ねています。
「自分が見たい景色を自分でつくりたい。そして、いつかその景色の中で作品が生まれたらー」高橋さんの言葉には、畑と向き合い続ける覚悟と情熱が込められています。
農業が好きという気持ちを原動力に、高橋さんは島に根ざした伝統野菜を守りながら、新たな作物にも挑戦しています。その姿勢は、島の農業に新たな可能性をもたらしています。
・手島香辛庵
※二次元コードは本誌P.4をご覧ください。

1・2_香川本鷹は、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、塩飽水軍が戦利品として持ち帰ったと伝えられる幻の唐辛子。「旨みのある強い辛味」「通常の鷹の爪の2~3倍の大きさ」がある。収穫時期は8月上旬から12月頃まで
3_通町商店街にある「OIKAZE SHOP」や江の浦案内所、丸亀城内観光案内所では、香川本鷹を使った商品が並ぶ
4_10月に開催した「丸亀香川本鷹祭」では、料理やワークショップを楽しむ来場者でにぎわいました
※詳細は本誌P.4をご覧ください。

◆丸亀といえばブラックベリーその未来を描いて
株式会社瀬戸内手島農園 蛯名 光男さん(移住8年目/北海道出身)

蛯名さんが初めて島を訪れたのは8年前。ふと足を運んだ手島で、何もない静けさと、ゆったりと流れる時間、そして島の人たちの温かさに心惹かれ、何度か訪れるうちに、この地で暮らすことを決意しました。現在は、島の人たちとのつながりを大切にしながら、「株式会社瀬戸内手島農園」で、ブラックベリーの栽培を担う中心的な存在として活躍しています。
「人口が減り続けるこの島のために、何かできないか」という思いから、令和4年に代表の大谷光弘さんとともに農園を立ち上げました。耕作放棄地を活用して畑を広げ、現在は約600坪を管理しています。
ブラックベリーは日持ちしない繊細な果実のため、収穫後すぐに冷凍され、滋賀県の加工場へと運ばれます。そこでジャムやソースへと生まれ変わり、完成した商品は江の浦案内所や丸亀城内観光案内所などで販売されています。

令和6年には、このブラックベリーが、市のブランド認定制度「丸亀セレクション」の第1号に認定。無農薬で丁寧に育てられた品質の高さに加え、瀬戸内でのブランド化を目指す取り組みが評価されました。さらに、瀬戸内手島農園と「御菓子処乃だや」が連携した「瀬戸内ブラックベリーあんバターケーキ」も同セレクションの第17号に認定されました。
将来的には、島内で栽培から加工・販売までを一貫して行える体制の構築を目指しています。
「いつかは、丸亀といえばブラックベリーと言われるような地域ブランドに育てていきたい」と語る蛯名さん。「何もない」からこそ、そこに価値を見つけ、育て、守るー蛯名さんは、この島に確かな希望の種をまいています。
・瀬戸内手島農園
※二次元コードは本誌P.4をご覧ください。

1_こだわりのブラックベリーは、甘酸っぱさとつぶつぶ食感がクセになると評判 
2_ブラックベリージャム・ソースの紙袋は、高橋周平さん(本誌P.4)がデザイン 
3_瀬戸内ブラックベリーあんバターケーキの包装紙は、画家の田嶋里菜さん(P6)がデザイン 
4_今年は市観光協会主催で「収穫体験ツアー」を初開催。市内外から幅広い世代の人たちが訪れ、島を堪能しました
※詳細は本誌P.5をご覧ください。

◆「何もない」島で見つけた、豊かさとつながり
父の故郷・手島は、新しい建物が少なく、日本の原風景のような島です。一見「何もない」と思われがちですが、豊かな自然に包まれ、私にとっては人間らしく過ごせるかけがえのない場所です。島に行くと、自治会長さんが家に招いてくれたり、若者たちが縁側に集まって語り合ったり̶̶忘れたくない時間が、ここにはたくさんあります。
この島には移住者も多く、島民それぞれが唯一無二のスキルを持っています。こうした流れが続いていけば、手島はさらに魅力的な島へと育っていくと感じています。
現在、私は地域おこし協力隊として、移住支援や交流の場づくりに取り組んでいます。丸亀市には、イキイキと活動する人がたくさんいて、それがまちの大きな魅力の一つになっています。しかし、活動の中心はまちなかに偏っており、島を含む他の地域まで十分に手が届いていないのが現状です。今後は、ゲストハウス「ババノバ」の仲間と協力しながら、こうした動きをその地域に合わせた形で市内全体に広げていきたいです。
丸亀市初の地域おこし協力隊 河原 茉莉さん(移住歴1年目/茨城県出身)