くらし ~ 平和で安全な町~【 核兵器の廃絶を願って 】

1945年(昭和20年)8月9日午前11時2分、長崎で一発の原子爆弾が炸裂し、多くの生命、財産を奪いました。
被爆80年の節目の年となる今年、若い世代への被爆継承を行い、二度とこのような惨禍が繰り返されないよう、長与町では平和な世界の実現を願って様々な平和事業を行っています。

◆原爆展
核兵器が広島・長崎にもたらした被害の様子や平和の大切さを伝えることを目的とし、原爆関連の写真、そのほか代表小・中学校による平和のメッセージ、千羽鶴などを展示しています。
日時:8月6日(水)~15日(金)
場所:役場1階町民ホール

◆原爆受難者慰霊祭
8月9日、原爆投下によって尊い命を落とされた犠牲者の霊を弔うために、原爆被爆者の会や関係者などが参列し、原爆炸裂時刻の11時2分に爆心地の方向へ黙とうを捧げ、犠牲者の冥福と恒久平和を祈っています。

◆平和コンサートinながよ
音楽を通して平和の尊さを次世代に伝えていくという趣旨のもと、毎年8月に町民文化ホールで開催しています。
今年は、被爆80年祈念事業として、平和のつどいとの合同開催となっています。
また、ホワイエのホールには折り鶴アートや戦争前後の様子が分かる写真の展示が行われます。
日時:8月9日(土)
・開場:14時30分~
・開演:15時~
場所:長与町民文化ホール

◆長与町被爆体験談集-想う、そしてつなぐ-
被爆された方々の過去の辛い体験と平和への強い願いを後世に残すため、多くの町民の協力を経て、平成23年に被爆体験談集を発行しました。
「長与町被爆体験談集」は、町図書館をはじめ、各公共施設で閲覧・貸出が可能です。
多くの方々の目に触れ、戦争の悲惨さ、そして平和の大切さが継承されることを願っています。ぜひ、ご覧ください。

◆県民祈りの日
毎年8月9日に、原爆犠牲者の方々、戦没者の方々のご冥福をお祈りし、町内一斉に黙とうを捧げるサイレンを鳴らしています。

◆長与町平和事業の歩み
昭和32年:「忠魂碑」を建立
昭和42年:「原爆受難者之墓」を建立
平成6年:「平和で安全な町」を宣言
平成8年:平和祈念碑「愛・二人」を中尾城公園内に建立
被爆2世柿の木を同所に植樹
平成12年~:「平和コンサートinながよ」を開催
平成13年:日本非核宣言自治体協議会に加盟
平成17年:平和祈念碑「平和萬歳」を長与駅東口に設置
「灯ろう流し」を実施
平成18年~平成26年:「平和のともしび」を開催
平成18年:中尾城公園内に「平和の広場」を整備し、その象徴として「平和の塔」を建立
平成20年:平和首長会議に加盟広島被爆2世アオギリの木を中尾城公園内に植樹
平成21年:被爆3世ザクロの木を中尾城公園内に植樹
平成22年~:「原爆展」を開催
平成23年:「平和で安全な町」宣言塔を庁舎前に設置
「長与町被爆体験談集」を作成
平成27年:広島平和祈念式典に中学生を派遣
「長与国民学校」銘板を設置
広島被爆2世アオギリの木を長与中学校に植樹
平成27年~:「平和のつどい」を開催
平成29年:「原爆救援列車」銘板と「C57形蒸気機関車の車輪」を長与駅ロータリーに設置
平成30年:「長与国民学校高田分校」銘板を九州電力長与変電所周辺に設置
令和元年:ICAN「ノーベル平和賞メダル・賞状(レプリカ)」展示会を役場1階町民ホールで開催
令和4年:「原爆救援列車」銘板と「C57形蒸気機関車の車輪」を道ノ尾駅駅舎前に設置
令和6年:「原爆被爆者救援・救護活動炊き出し釡跡地」がある広瀬酒本舗(斉藤郷)に銘板設置

■長与町内平和マップ
町内にある祈念碑や遺構などについて紹介します。
今回紹介するもの以外にも、平和に関する展示品や跡地があります。足を運んでみてはいかがでしょうか。

◆「平和で安全な町」宣言塔
「平和で安全な町」宣言による長与町の核廃絶を願う強い意思を内外に示すため、標柱を庁舎前に設置しました。

◆長与国民学校跡
被爆当時、現在の長与小学校である長与国民学校が建っていました。救護所として利用され、多くの負傷者が運び込まれていました。

◆長与国民学校高田分校跡
被爆時は、約100人の負傷者が収容され、地元の婦人会が中心となって救護が行われました。建物は、現在の九州電力長与変電所の隣地にありました。

◆原爆受難者之墓
昭和42年、長与国民学校の救護所における原爆死没者の霊を弔うため、町武道館裏の皆前墓地に建立しました。毎年8月9日、墓前では犠牲者の冥福と恒久平和を願い、長崎原爆被爆者の会長与支部や関係者の方々により慰霊祭が行われています。

◆平和祈念碑
戦後50周年事業の一つとして、中尾城公園内に建立しました。「愛・二人」祈念碑と名付けられ、男女の像を包む輪は、永遠の平和をイメージした「メビウスの輪」を表
しています。

◆C57形蒸気機関車の車輪
長崎市から寄贈を受けたもので、原爆救援列車が担った役割を説明する銘板とともに、被爆の記憶の継承と恒久平和を祈念するモニュメントとして長与駅ロータリーと道ノ尾駅駅舎前に設置しました。

◆広瀬酒本舗(原爆被爆者救援・救護活動炊き出し釜跡地)
被爆地から約6.5kmの場所に位置する広瀬酒本舗では、8月9日の翌日から酒工場の鉄釡を使って炊き出しを行いました。備蓄していた米をおにぎりにし、約1.5km離れた長与国民学校と長与国民学校高田分校の被爆者救護所にいる負傷者約1,000人に配りました。広瀬酒本舗(斉藤郷)敷地内にある原爆被爆者救援・救護活動の際に使用された炊き出し釡の跡地に、銘板を設置しています。