文化 ふるさとの文化財探訪 第131回

『世界無形文化遺産について』

文化財調査委員 清水 武則

昨年、九重町の岐部笙芳さんが重要無形文化財保持者、通称「人間国宝」に認定される素晴らしいニュースがあり、今年3月にはモンゴルの世界無形文化遺産である馬頭琴、ホーミー、オルティンドー(長い歌)、ビエルゲ(舞踊)の公演が九重文化センターでありました。私は外務省でユネスコを担当する国際文化協力室長を務めたことがあり、ユネスコ国内委員会や世界遺産国際会議などに出席するなど世界遺産の認定プロセスに関与していました。そこで、今回は世界遺産についてご紹介します。
世界遺産には有形と無形遺産があります。有形は建造物や自然景観が対象で、私の時には中尊寺や小笠原諸島などの指定がありました。世界無形文化遺産は松浦晃一郎さんがユネスコのトップである事務局長の時に創設しました。日本には元々伝統文化・芸術・技術を保護する文化財保護法がありますが、世界的には無形文化遺産を保護する考え方は一般的では無かったのです。松浦さんは、世界無形文化遺産保護条約を作り、登録を審査し保護する委員会を設置しました。日本政府は無形文化遺産信託基金の創設と多額の寄付を通じて世界の無形文化遺産のリストアップ、保全、専門家の育成などを行ってきました。したがって世界無形文化遺産は日本の努力で発足し、成長した制度と言っても過言ではありません。
世界遺産に認定されますと、有形の自然遺産などですと観光客の増加につながりますし、無形文化遺産ではお祭りなどにも同じ効果があります。また、無形文化遺産で物作りの場合には、その商品の販売促進の他技術の継承の可能性が高まる効果が期待されます。ですから、世界無形文化遺産に認定される意義は高く、先ずは各国が国内での激しい推薦競争を勝ち抜き、国際的な専門調査機関の評価を経て、無形文化遺産保護委員会という国際会議での承認を得る必要があります。日本の場合、国内での推薦数が多く、主管の文化庁と外務省の会議を得て、ユネスコに推薦されるまでには多くの時間がかかります。昨年登録認定された「日本の酒」は、2021年に登録無形文化財に国内で指定されてからユネスコに申請されていますが、その前の段階でも準備のための長い歳月を要しているのです。
日本の竹細工は、縄文時代から日本の文化に根付いた実用品であり、茶道とともに発展し昭和時代に入ってからは芸術品の一つにも数えられるほど、国際的にも高く評価されていると承知しています。しかし、日本では個人が人間国宝に指定されても、竹細工や竹工芸はまだ重要無形文化財には登録されていないことを知り驚いています。背景には、優秀な工芸家が大分、京都、静岡などに点在していること、公益社団法人日本工芸会や別府市のような竹細工で有名な自治体が世界遺産登録に動いていないことがあると思っています。竹細工を世界無形文化遺産に登録することは優れた文化を未来に継承するためにとても意義あることと考えます。竹細工単独の世界遺産登録が難しい場合には日本伝統工芸を一括して登録申請する道もあろうかと思います。そのような機運が、岐部さんの人間国宝認定を機に高まることを祈っています。