- 発行日 :
- 自治体名 : 北海道栗山町
- 広報紙名 : 広報くりやま 令和7年3月号
町史資料調査室・研究員/青木隆夫
◆No.32 札幌農学校「農芸伝習科」の講義録
明治の時代、札幌農学校農芸伝習科の卒業生が栗山に入植しています。農芸伝習科は、札幌農学校に併設された簡易な農業教育機関で、主に農家とその子弟などを対象とした農業従事者の養成を目的としたものでした。卒業生の中には、泉麟太郎(りんたろう)などと開拓を共にした村上儀助(ぎすけ)や、二級町村制の角田村役場で村長を勤めた石原市助(いちすけ)。杵臼と大井分などの開墾に尽力した小島小治郎(こじろう)、内田栄三郎(えいざぶろう)、帖佐猪之助(ちょうさいのすけ)などがその人たちです。三日月(後に角田)に方田寺を開いた周田順信(すだじゅんしん)もその一人でした。周田は明治20年入学の村上と同じ一期生で、方田寺には当時の伝習科の講義録が残されています。教授陣は初代の北海道帝国大学総長となった佐藤昌介(しょうすけ)や、二代目総長の南鷹次郎(たかじろう)など錚々(そうそう)たる顔ぶれでした。講義録はすべて授業内容を口述筆記したもので、高度な教育が行われていたのが資料からも読み取れます。周田は農芸伝習科を卒業した後に選抜され、新たに設置された獣医伝習科も修了。その後、角田村で布教傍らに獣医としての足跡を残しました。この卒業生たちの活躍が今の栗山の発展の礎となっています。
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