スポーツ 特集 静かなコートから、世界へ挑む。(1)

西郷村出身で、きこえない・きこえにくい人によるバスケットボール「デフバスケットボール」の選手として活躍中の越前由喜さん。
今年11月に日本で開催されるデフリンピックのバスケットボール競技日本代表に選ばれた越前さんに、お話を伺いました。

▽東京2025デフリンピック バスケットボール競技 日本代表 越前由喜(えちぜんゆうき)さん
profile:1999年西郷村生まれ。県内の特別支援学校教諭として勤務。先天性の難聴がある。
2015年、15歳のときに史上最年少でデフバスケットボール日本代表に選ばれ、デフバスケットボール世界選手権に出場。2018年U21デフバスケットボール世界選手権では銀メダル、2024年アジア太平洋ろう者バスケットボール選手権では4位入賞のほか個人で大会のベスト5賞にも選ばれた。また、今年11月に開催される東京2025デフリンピックのバスケットボール競技日本代表にも選出されている。
東京を拠点に活動するデフバスケットボールチーム「scratch」に所属。このほか、きこえるバスケットボールチーム「福島教員A」チームにも所属し、チームの一員として、2024年の全国社会人選手権3位入賞や、2025年の全国教員大会優勝に貢献する等、精力的に活躍中。

◆ボールの振動、チームで戦う楽しさ
○初めてバスケットボールに出会ったのはいつですか。
小学3年生のときです。野球のチームに入ろうと思っていたところ、バスケをやっていたクラスメイトに「バスケの見学に来てみない?」と誘われて。行くだけなら、と軽い気持ちで参加したんです。
そこで、体育館の床にボールが弾んで体に振動が伝わる感覚や、シュートしたときのゴールが揺れる瞬間に魅了されました。
4・5歳で水泳、小学1年生から空手を習っていたんですが、そういった個人競技とは違って、1つのボールに対してチームで戦う、そこがすごく楽しいと思いました。

◆「分かったふりが、一番よくない」
○そこから、小学6年生まで「小田倉ミニバスケットボールスポーツ少年団」に所属されたんですね。
そうです。小学3・4年生のときは試合の出場時間も短く応援が主でしたが、小学5年生あたりから試合に出る回数も増えて、責任を感じるようになりました。
しかし、責任を感じ始めた一方で、自分だけがきこえない状況の中、監督やコーチから厳しい指導をたくさん受ける中で分からないことがあったり、友だちとなかなかうまくコミュニケーションを取れなかったりして、疎外感を感じることも増えました。
そんなとき、コーチから「分からないことをそのままにしているね。分からないことは悪いことじゃない。分かったふりをすることが、一番よくない。」ということを言われたんです。
その言葉のおかげで、意識が変わりました。とにかくきく、コミュニケーションを取ることが大事だと。
その言葉は今でも役立っていて、仕事等で分からないことがあっても、すぐにきくようにしています。その姿勢が身についたのは、ミニバスでの経験があったからだと思います。

◆デフバスケとの出会い
○デフバスケはどのように知ったのですか。
小学5年生のとき、父が偶然パソコンで、埼玉県にデフバスケのチームがあることを見つけたのがきっかけです。
デフバスケ大会は中学1年生以上でないと参加できないんですが、とにかく練習だけでも行ってみたいと思い、埼玉県まで父に送迎してもらって、チームに参加するようになりました。
初めて参加したとき、きこえるバスケと違って、安心感がありました。
きこえるバスケは、皆がどんな動きをするのか、何を話しているのか、いつも見ていなくちゃいけないんですが、デフバスケでは皆がきこえないので、手話言語で会話もできるし、気が楽だったのを覚えています。

◆チャレンジャーとして挑みたい
○デフリンピックの日本代表に選出されたときの心境はいかがでしたか。
デフバスケの日本代表に初めて選ばれたのは高校1年生のときでした(※史上最年少での選出)。
去年も代表としてアジア大会に参加しましたが、デフリンピックの代表は今回が初めてです。正直、嬉しい気持ちよりもほっとした気持ちの方が大きかったですね。
デフバスケは、ヨーロッパやアメリカのレベルが高いんです。その中で、日本はチャレンジャーとして強い相手にどこまで挑めるのか、楽しみにしています。特に、初戦の相手であるウクライナは、世界ランキング1位なんです。そんなチームと戦えるのが、すごく嬉しいです。

◆見どころはコミュニケーション
○デフバスケについて、きこえるバスケとの違いや注目してほしいところを教えてください。
ルールは、きこえるバスケもデフバスケも同じです。大きな違いは、デフバスケでは補聴器を外して、選手全員が同じ「きこえない」条件下でやるということです。
あとは、「情報保障」ですね。審判のホイッスルやタイマーのブザー音はきこえないため、旗や光の合図があります。会場によって異なる場合がありますが、例えばゴールが決まると、ゴールの枠が光ったりとか。
見どころは、選手間のコミュニケーションです。手話言語やチーム独自のサイン、アイコンタクトのほか、ユニフォームを引っ張って気づいてもらってから指示を出したりもします。
視覚的に情報を得るため、初めて試合を観る方は、会場が静かで不思議な感覚になるかもしれません。
速い試合展開の中で、選手やコーチ等とすばやくコミュニケーションを取りながらプレーするところに、ぜひ注目してほしいです。

◆自分が試合を作る気持ちで臨んでいる
○越前さんのポジションはガード(チームの司令塔として攻撃を組み立てる役割)ですが、やりがいや、こだわりはありますか。
ガードは勝負に関わる大切なポジションです。チームメイトについて、得意なことや苦手なこと、今日の状態はどうか等、色々と見て考えながら試合をコントロールしなければいけません。チームを盛り上げて、ガードである自分が試合を作る、くらいの気持ちで臨んでいます。
特に、代表での活動は月1回なので、練習やミーティングのほか、試合等のビデオを観ながら、積極的に話し合いをして、コミュニケーションを取るようにしています。
また、手話言語を使えない選手もいるので、皆で話し合い、試合中に使うサインを増やしているところです。