くらし なめがた大使小林光恵さん書きおろしエッセイ 五感でキャッチ!なめがた漫遊記 第12回

■手を振るということ
空を拭くように手を振る。
誰かがそんな表現をしていたことを、行方に向かう車中で思い出した。
転校して行くクラスメイトを見送る小学生。あるいは学期休み中に長く泊まっていた従兄を見送る男の子が《さようなら。また会おうね。絶対だからね》といった思いをこめて、出発した乗り物が小さく見えなくなるまで、力いっぱい、左右に大きく手を振っている場面が頭に浮かぶ。
こんなふうに手を振ったことはありますか?
私は、ない。胸を打つ光景だけれど、自分がやるとなると、なんか照れくさいし、永久のさよならになってしまうような変な感覚が生じそうな気もしてできない。
また、遊覧船に乗って擦れ違う船のお客など知らない人たちには屈託なく大きく手を振ることができるけれど、相手が近しい関係ほど恥ずかしくてできず、結局、手はポケットの中にしまったままになってしまうのだ。
思えばポケットとは、ハンカチやあめ玉やスマホなどの物を入れる実用のほかに、くやしくて握った拳やうれしくて思わず出したピースサインを隠してくれたりする、実にありがたい存在だ。そういえば安岡章太郎の小説『サアカスの馬』の主人公「僕」のポケットの中身は、折れた鉛筆だの零点の答案だの、残念な物ばかり入っていたんだっけなあ。
そんなことを考えているうちに行方に到着。信号待ちで停止すると、その道端に白い小花を全身に着けた大きな雪柳があり、にわかに風が起こったのか、全体にふわりと揺れたあと樹は、何本もの手を、踊るタコみたいにあちこちに大きく振ったのだ。おーい、ようこそ、と言っているかのように。
お別れだけじゃなく、お迎えの時も大きく手を振ることがあるんだって、雪柳の樹が思い出させてくれた。

■小林光恵さん
行方市出身。つくば市二の宮在住。
デーブ大久保さんが、テレビで野球解説をしているのを目にする機会が増えました。勝手に親近感を覚えながら彼を応援しています。
市公式ホームページ内で「行方帰省メシ」連載中。