- 発行日 :
- 自治体名 : 茨城県利根町
- 広報紙名 : 広報とね 2025年5月号 No.734
■若者に絵を描く喜びを伝えたい
画家 稲飯文昭)いないふみあき)さん
▽子どもの頃から絵が得意だったんですか?絵を描くようになったきっかけを教えてください
特別得意だったというわけではないですが、遊びのひとつとしてよく描いていました。私の子ども時代はゲームもなく、外で野球をするとか、紙と鉛筆で何か描くとか、それぐらいしかない時代でしたから。
そんな中で、小学校の先生に褒められたことが嬉しくて、絵が好きになっていった気がします。
あと、10歳のときに学校の映画鑑賞会で観た『フランダースの犬』が大きな影響を与えてくれました。絵描きを夢見る少年ネロの姿に、自分を重ねたのかもしれません。
そこから絵の世界で生きていきたいと、ぼんやりと思い描くようになりました。
本格的に絵を描き始めたのは16歳のときです。
有楽町で偶然「モーリス・ユトリロ展」を見かけて、何気なく入ってみたら、心を揺さぶられました。ユトリロは決して裕福ではなく、若い頃は荒れた生活を送っていたと聞いています。
それでも、パリの街角を描き続けて、最終的には「世界で最も売れた画家」と呼ばれる存在になりました。その生き様と、どこか哀愁を帯びた絵の世界に強く惹かれて、自分も描いてみたいと思ったんです。
後日、東京の画材屋で筆と絵の具を買って、見よう見まねで描き始めたのが始まりです。
▽美術の道にはどうやって進まれたのですか
本当は美大へ行きたかったんですが、経済的な事情で進学は叶いませんでした。だから最初は独学で。
けれども、自分の絵の良し悪しが分からない中で、描き続けるのは正直つらかったですね。
そんなとき、地元で日展(にってん)の参与をされていた画家・桜田精一さんのお弟子さん(作家)たちと出会う機会があり、絵に本気で取り組む気持ちになりました。
▽画家としての活動と並行して、お仕事もされていたそうですね
29歳のとき、柏市役所で職員募集があると聞き、公務員になりました。絵だけで食べていくのは難しい。でも、役所の仕事なら土日が休みで、絵を描く時間を確保できる。そう考えたんです。
市で働いている時にも、絵を描く機会をたくさんいただきました。
お祭りの看板や建物の完成予想図、パンフレットの挿絵など、ありがたいことに、「絵を描ける職員」としていろいろ任せてもらいました。
72歳まで勤め上げた後は、利根町のシルバー人材センターで清掃などの仕事を続けながら、創作を続けています。
▽純展での活動や、ギリシャ大使館とのご縁について教えてください
今は「純展(じゅんてん)」という美術協会の理事として活動しています。東京都美術館での展覧会に年数回出品しており、そこには海外からの出品者も多く参加しています。
ある年、ギリシャからの出品があり、ギリシャ大使が会場に視察に来られたんです。私はそのとき案内役をしていて、自作のミコノス島の風景画を紹介したところ、大使がとても気に入ってくださって、後日、その絵をギリシャ大使館に寄贈することになり、大使からは直筆の礼状とギリシャワインまでいただきました。
「この絵を見ると、故郷を思い出す」とまで言っていただけて、本当に光栄でした。
▽これからやってみたいこと、伝えたいことはありますか
若い人たちの中で「絵を描く」という選択肢がどんどん減っているのが、正直残念です。でも、絵って特別な道具がなくても始められるんです。鉛筆一本あれば、表現の世界に踏み込めます。
私のように、小さなきっかけで描き始めて、生涯続ける人もいる。だから、もっと子どもたちや若い人たちにも気軽に絵に触れてもらいたいです。
今も自宅で絵画教室を開いていますし、「夏休みの宿題を手伝ってほしい」「趣味で始めてみたい」という方、大歓迎です。
利根町の中で、絵を通じた交流が広がっていけば嬉しいです。
例えば、夏休みの宿題で絵を描くことがあれば、アドバイスもできますので、気軽に相談してほしいです。
利根町という静かな町で、描く喜びを次の世代に伝えたい。稲飯さんの夢は、絵の技術だけでなく、「絵を描く楽しさ」を伝えていくこと。町内で「ちょっと絵を習ってみたいな」と思ったとき、そっと背中を押してくれる存在がここにいます。もしも今、あなたやお子さんが絵に少しでも興味を持っているなら、ぜひ扉をたたいてみてください。そこから広がる世界が、きっとあるはずです。
16歳で一枚の絵に心を動かされてから、絵とともに歩んできた稲飯さん。
決して順風満帆な道ではなく、公務員として働きながらも筆を取り続けたその姿勢は、「好きなことを続けることの大切さ」を教えてくれます。また、作品を通じてギリシャ大使とのご縁が生まれたり、地域の人たちのために絵を描いたりと、絵が人と人とをつなげる力も感じられました。
■稲飯文昭(いないふみあき)さん プロフィール
画家。長野県出身。16歳でモーリス・ユトリロの絵に感動し、独学で絵を描き始める。千葉県柏市役所に勤務する傍ら創作活動を続け、東京都美術館で展覧会を開催する美術協会「純展」にて理事を務める。ギリシャ大使館に作品が寄贈されるなど、国内外で高い評価を得る。現在は利根町羽根野在住。静かな町の空気を感じながら、絵画制作と地域での創作活動支援に取り組んでいる。
絵画教室や、絵画に関することなど、お気軽にお問い合わせください。
問い合わせ:稲飯さん
【電話】080-3981-9036