- 発行日 :
- 自治体名 : 群馬県桐生市
- 広報紙名 : 広報きりゅう 令和7年8月号
◆(4)蚕にひきよせられる、芸術家の卵たち。
東京藝術大学美術学部絵画科准教授 アーツ前橋チーフキュレーター 宮本 武典(みやもと たけのり)
夏の養蚕を〔夏蚕(なつご)〕、飼育する場所を整える作業は〔整座(せいざ)〕と言い、脱皮直前の幼虫が動かなくなるのは〔眠(みん)〕に入るから。―本町六丁目で繭生産に取り組むUNIT KIRYU(ユニットキリュウ)の川村徳佐(かわむらなるさ)さんとの会話は、こんなふうに耳慣れない養蚕用語のオンパレードです。
100年前、日本全国に220万戸あった養蚕農家は、現在はたった150戸。当時は夜になると屋根裏の蚕室から、蚕が桑の葉を一斉にかじる「ザァーザァー」という音が階下に降り注いでいたとか。蚕の音を聞きながら入眠して見る夢は、いったいどんな幻想だったのでしょう。
日本人が何百年も聴き続けてきた蚕にまつわる言葉や音は今、消滅の瀬戸際にあります。古民家なら現代の生活様式に合わせて〔再生〕できますが、無形の音や言葉は、日常から一度消えてしまったら、よみがえらせるのは困難です。
令和8年の秋、桐生市と東京藝術大学が連携して、桐生の文化資源を活用した新しい芸術祭を開催します。その準備のため、この夏から藝大生たちの現地取材が本格化していますが、養蚕の風景に惹きつけられるメンバーが多いようです。
先月号で紹介した3年生の弓月(ゆずき)さんは、〔春蚕(しゅんさん)〕のお手伝いをした後、写真の油彩画《ころがっていく》を描きました。
蚕の幼虫は、〔天+虫(=蚕)〕と書くように、桑の葉を求めて上へ上へと登っていく習性がありますが、その眼は明暗を認識できる程度。弓月さんはこの絵について、「やっと葉の上に登って、見えない目で中空をうかがっている幼虫たちの顔は、まるで私たちみたい。」と教えてくれました。
夏蚕では、藝大の音楽学部器楽科でオーボエを学んでいる上條晴翔(かみじょうはると)君が、蚕の音の録音とサンプリングに挑戦中です。
若い彼らの感受性が、消えつつある養蚕の風景からどんな音楽や幻想を〔再生〕するのか、とても楽しみです。