- 発行日 :
- 自治体名 : 千葉県香取市
- 広報紙名 : 広報かとり 令和7年3月号
◆〝関東灘〟佐原の酒造業
かつて佐原は数十軒の酒蔵が立ち並ぶ、酒造業の発達した場所でした。その繁栄ぶりは、大正10(1921)年刊行の『香取郡誌』中においても「清酒は所謂(いわゆ)る関東灘(なだ)の称あり」と、酒造先進地帯である灘五郷(現在の兵庫県西宮市・神戸市に所在)になぞらえて称されています。
佐原の酒造業は、記録の上では、寛文年間(1661~1672)に伊能三郎右衛門が、常陸(ひたち)国牛堀村(現在の茨城県潮来市牛堀)平八郎から酒造事業を買い受けたものが最古とされています。
その後、佐原の商業的発展に伴い、酒造業は大きく発展していきます。天明8(1788)年には、酒造人35人、酒造高1万3千石以上が記録されています。さらに明治元(1868)年には、佐原全体で1万6700石もの酒造米高を35人の酒造人が願い出ています。
また、明治以降は味醂(みりん)醸造業が発達を見せます。明治4(1872)年時点で520石であった味醂醸造高は、昭和6(1931)年に刊行された『佐原町誌』中で1771石が記録されており、またその品質についても「…内外に名声を博し博覧会又は共進会、品評会等に出品して、毎回幾多の称賛を得…」と述べられています。
一方、先述の『香取郡誌』中において「…佐原は酒造に於ては往時四十余戸を算せしが近来若干退歩の傾向あり…」と述べられており、50年ほど後の『佐原町誌』に酒蔵として記載されているのは、味醂醸造家を含め7軒のみとなっています。
現在「関東灘」の隆盛は鳴りを潜めたものの、江戸時代創業の酒蔵2軒が今なお経営を行っており、佐原の伝統的町並みに欠かせない要素となっています。
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