- 発行日 :
- 自治体名 : 千葉県多古町
- 広報紙名 : 広報たこ 令和7年7月号
噺家(はなしか)・桂右女助(かつらうめすけ)こと、地域おこし協力隊の梅田うめすけと申します。今月よりコラム担当を拝命いたしました。町内各地の伝承や由来などを紹介してまいります。初回は町の名でもある「多古」。
まず、近世まで多胡の表記も残っていたのが大前提。よく聞く語源は、A多い湖、B古い村が多い、C田を耕す子(人)、D多い胡(渡来)人。
このうち、Aはちょっと苦しいでしょう。というのも、713年に「地名は好字を選んで二文字」という天皇のお達しが出ています。普段使わない胡を湖にすることはあっても、逆は考えにくいです。それでも、商品名などに使うのは問題ありませんし、きれいですね。
Bは、一つの村名に過ぎなかった多胡を広範囲に冠するときの名分だったように思います。画数が減って書きやすいし意味もいい、と。例えるなら、和(日本)で銅が採れた記念に元号を和銅にしましたが、それで作った貨幣、教科書でおなじみの『和同開珎』は「銅」ではなく「同」になっています。それと同じ感覚ではないでしょうか。
Cは、富士山を祀る神社を創建した際、多古にあった沼を「田子の浦」見立てた後付け説、が伝わっています。上野の寛永寺を延暦寺に、不忍池を琵琶湖に擬(なぞら)えたのに似ています。
消去法で、語源はDが最有力。同じ字の多胡郡が群馬県にありまして、その由来が『古事記』より古い石碑に刻まれています。
胡とは中国から見た外国、もしくはそこの人や伝来してきた物(胡椒・胡麻など)を指します。現代の日本なら、唐辛子や唐桟柄(とうざんがら)の「唐」に近いでしょうか。もしかしたら、空港第2ビル駅入口に立つ個性的な埴輪(はにわ)のモデルが、当時の多胡村に住んでいたのかもしれません。