くらし 篠原先生の「幸福人生のレシピ」

「NPO法人自殺防止ネットワーク風」代表を務める篠原 鋭一先生が、人生を楽しくするレシピをご紹介します。

〃他人(ひと)は良(よ)し良(よ)し、我(われ)はちと良(よ)し〃
若き八百屋の主人が語る経営哲学

二十八歳のOさんは、町で小さな八百屋さんを経営しています。
毎朝早く市場に仕入れに行き、店に帰ると仕入れた野菜をもう一度きれいな水で洗って店頭に並べることで評判になり、売れ行きも上々。それにどこよりも安いのです。
聞くところによると、彼は高校生のときお父さんを亡くしたため、高校を卒業するとお父さんの後継者として八百屋さんの店主となり、今日までがんばってきたとのこと。
同じ町の中には、ほかにもたくさんの八百屋さんがあります。とりわけ最近できた大手スーパーマーケットは、規模や資金力が桁ちがいなので、なかなか太刀打ちできない競争相手。そんな中、〝安くて新鮮な八百屋さん〞という評判をとっているのですから、たいしたものです。
そのOさんの心意気が知りたくてその八百屋さんを訪ねました。
「僕はこう見えても一つの〝哲学〞を持ってやっているんですよ!」
なんと哲学を持ってやってるというではありませんか。思わず問い返しました。
「どんな哲学ですか?」
「僕の哲学はですねえ、〝他人(ひと)は良(よ)し良(よ)し、我(われ)はちと良(よ)し〞です」
「えーと〝他人は良し良し、我はちと良し〞って?どういうことですか?」
Oさんは自信にあふれた口調で答えました。
「むずかしいことではありません。お客さんにはたくさん良い思いをしてもらおう。そして僕は、ちと、つまり、ほんの少しだけ良い思いをさせてもらおうということです。他の店と競争したり、ましてや大手スーパーと張り合おうなんて気はまったくありません。僕の店では、僕の出来る範囲で、お客さんがよい思いになることを、精いっぱいさせてもらおうと思ってやっているだけなんです。
やろうと思えば誰にだって出来ることです。友達に言うんですよ。〝他人は良し良し、我はちと良し〞は、本などから仕入れた借りものではなく、本当に僕が考えた〝哲学〞だって!みんな信用しないけど、アッハッハー!」
Oさんに会ってすっかりうれしくなった私は、彼のような青年がいるかぎり、日本はまだまだ捨てたもんじゃないと思ったのでした。

篠原 鋭一(えいいち) 氏
1944年兵庫県生まれ。駒澤大学仏教学部卒業。
千葉県成田市曹洞宗長寿院住職。曹洞宗総合研究センター講師。
同宗千葉県宗務所長、人権啓発相談員等を歴任。
「NPO法人自殺防止ネットワーク風」代表。
公立の小学校・中学校・高等学校を巡り「いのちを見つめる」課外授業を続けている。
「生きている間にお寺へ」と寺院を開放。
「少年院」「拘置所」で特殊詐欺犯罪の結末を説き続けている。