文化 スペシャル対談 桐ケ谷市長×高橋睦郎さん

逗子へ移住してから39年。これまで、この地で数々の作品を生み出してきた高橋さん。
創作活動について、そして逗子への思いを桐ケ谷市長が聞きました。(本文中、敬称略)

・逗子にいてくださりうれしいです
・逗子はかけがえのない場所です

■人生は“苦楽(くるたの)しい”もの これからも詩を求め続ける
市長:昨年の文化勲章受章など、これまでのご功績をたたえ、市民栄誉賞を贈呈させていただきました。今日は、高橋さんが普段どのように創作されているのかお聞かせください。2月の記念講演会では「向こうからくる言葉を空っぽの心で受け取る」とおっしゃっていました。
高橋:先入観を持たず、自分をいつも開いた状態にしています。言葉を受け取り、作品として外に出す。空っぽでないと入ってこないし、今あるものを守ることだけ考えていると、どうしても貧しくなってしまう。詩人というのは“詩を書く人”ではなく、“詩を求める人”。求め続けても、これが詩というものに到達しない。だから次につながっていくのでしょう。
市長:とはいっても、書けない時代があったとお話されていました。
高橋:15年間、鬱々続きの大スランプ時代がありました。その間、ものすごく書いてはいたんです。でも手応えがない。これは本当につらかったです。そんなある日、交通事故に遭い入院したんですね。病室の天井を見つめながら「僕が書けなくても誰も困らない。今まで悩んだのは何だったんだろう」と思ったら急に気持ちが楽になり、また書けるようになりました。前より時間はかかるようになったけれど、書くことが楽しくなった。苦しんだ分のご褒美だったのでしょう。遠回りしても無駄なことは何一つない。私の人生のモットーは“苦楽(くるたの)しい”です。
市長:“苦楽しい”という言葉、非常に感銘を受けました。苦しみもあるけれど、達成できたら次も頑張ろうと思える。私はそう解釈しました。
高橋:そうですね。あと、私は言葉を扱う仕事ですが、ずっと書いていると言葉が自分を思いがけないところに連れていってくれることがあります。未知なところに連れていかれたとき、これは最高に楽しいです。

■情景豊かな作品の数々 逗子から受け取ることも多い
市長:高橋さんは、作品もお話も情景がとても豊かです。幼少期のエピソードもとても細かい。これらは全て記憶されているのでしょうか。
高橋:それは、不幸な生い立ちが幸いしたんでしょう。幼少時、つらいときに見ていた風景を鮮明に覚えています。今でも、そのときの見方で物事を見ているのだと思います。
市長:その情景を言葉にするとき、書き過ぎてしまう、逆に少な過ぎて伝わらないなど、表現のバランスが難しいように思えます。
高橋:何でも全部言わず、ちょっと足りないぐらいにとどめています。そうすると、読み手は足りないところを補うようにイメージしますよね。私たちが書く作品は、読んで感じてもらって初めて完成する。書き手と読み手の共同作業なんです。
市長:逗子での日頃の生活も、高橋さんの作品の情景の一つとして生かされていますか。
高橋:もちろんです。小説家と違って自分のいるところが書斎になりますから、メモ帳必携でよく歩きに行きます。海や山、豊かな自然から教わり、受け取ることがたくさんあります。逗子は住みやすく、私にとってかけがえのない場所です。
市長:講演会や今日のお話はとても興味深く、私もたくさんの気付きがありました。このような機会が、市民にもあるといいですよね。
高橋:私でも何か逗子のお役に立てることがあれば、協力しますよ。
市長:ぜひ、今後もいろいろなお話を伺いたいです。今日はありがとうございました。
高橋:ありがとうございました。

■私の好きな逗子
日頃、市内のさまざまな場所を訪れる高橋さん。「逗子の今ある自然を大事にしたい」と話します。
※詳しくは本紙をご覧ください。