- 発行日 :
- 自治体名 : 愛知県豊明市
- 広報紙名 : 広報とよあけ 令和7年5月1日号
節気は穀雨(こくう)から立夏へ。昼間の日差しは日に日に強まり、草木の芽は生気(せいき)猛々しく伸び広がっています。茶畑では摘み採りがはじまり、田んぼには水が張られ、これからひと月ほどは田植えのシーズンとなります。「田植えの土と稲の香、風流だね〜」「うん、トラクターや田植え機の音はちょっと騒がしいけどね」「まぁそれも活気があっていいんじゃない?」
おっと、田植えで盛り上がってますが、皆さん「田植え花(ばな)」って聞いたことありますか?「田植え花?聞いたことないな〜」「それって、その花が咲いたら田植えの時期ってこと?」はい、そのとおりです。聞くところによると、稲の根が伸びるためには15℃程度以上の温度が必要で、これ以下の温度に長く当たると稲に障害が出やすく、ひいては米の収穫量が減ってしまうということです。つまり、これ以降はもう気温が15℃程度以下には下がらない時期に咲く花こそが「田植え花」というわけですね。「ところでその田植え花って何というお花ですの?」おっと、紹介が遅れてしまいましたね。田植え花とはタニウツギの別名です。
タニウツギは、スイカズラ科タニウツギ属の一種で、日本海側の標高のあまり高くない山地の斜面、渓谷に分布する日本の固有種です。この時季に濃桃色(のうももいろ)の花をたくさん咲かせます。その花の色合いからベニウツギとも呼ばれ、古くは黒田月洞軒(くろだつきどうけん)の狂歌・自筆詠草(じひつえいそう)『大団(おおうちわ)』の元禄(げんろく)16年に「わぎも子が 口もとに似て 花筒に さして見事な 紅うつぎかな」と登場しているようです。ただ、この一節を除き、その後は江戸期の文献にタニウツギやベニウツギ、あるいは田植え花の名が無いことから、タニウツギが市中で愛好されることは稀であり、山谷渓谷にて眺められる自然の風物詩であっただろうことが窺(うかが)えます。
そして、元禄から約220年後、昭和初期になると、時折俳句に詠まれるようになります。
「黒曜(こくよう)の鶫(つぐみ)ひそめり谷卯(たにう)つ木(ぎ)」(堀口星眠(ほりぐちせいみん)『営巣期(えいそうき)』)これは巣作りのため、初夏に日本に渡って来たクロツグミが、咲き誇るタニウツギの木陰に潜んでいる様子を詠ったものですね。「でも、どうしてタニウツギは江戸時代の文献にあまり出てこなかったのかしら?キレイな花なのに」そうですね。タニウツギの生息地は文化人たちの往来するところではなく、見つけてもその切花は水揚げが悪いため、都市部に運ばれることがないまま、交通の発達する昭和まで周知されなかったのではないかと推測します。
五月晴(さつきば)れの中、日本海側の野山にお出かけすることがあったなら、タニウツギの花を探してみてくださいね!
執筆/愛知豊明花き流通協同組合 理事長 永田 晶彦
※写真は広報紙34ページをご覧ください。