文化 写真でたどる ふるさと再発見No.73

■甲良4500年の歴史をたどる 犬上川左岸古墳群の検証
◇犬上川左岸古墳群の主は渡来人
楢崎~北落にかけて百基以上あった古墳群。それらが渡来人のお墓だったということは、どんなことから分かるのでしょうか?

(1)古墳の作り方
右下図のように古墳主要部の作り方が朝鮮半島と日本列島では異なるのです。指導者層の墓は日本列島系で作られ墳丘の高さもあり、その周りにある古墳群は朝鮮半島系の石室の作りで、墳丘はやや低くなっています。
※詳しくは本紙をご覧ください。

(2)平底の土器
左図のように底が平べったい形をした土器が北落塚原古墳群と小川原古墳群から出土しています。発掘を担当された用田政晴氏は、「百済系の文物の一つが平底土器であり、用水路開削にあたったのは、大規模な灌漑農業の技術と知識を持った百済系の人たちであったかもしれない。」と推測されています。
※詳しくは本紙をご覧ください。

◇北落古墳群からの貴重な出土物
北落遺跡からは非常に珍しいものも出土しています。
左図は、釵子(さいし)という冠や髪結いの際の留め金具です。全国で30数例、県下でも8例のみの出土ですが、その一つが北落遺跡から出土しているのです。
右図は、はそうという酒器です。脚付きで、肩の部分にシンプルな鳥が4羽乗っています。はそうに装飾があり、それが鳥の形というのは全国的にも極めて珍しいものだということです。
このように、犬上川左岸の古墳群からは、当時の渡来人に関する貴重な遺物が多数出土しており、今後の渡来人研究の進展が期待されます。
※詳しくは本紙をご覧ください。
※「はそう」は環境依存文字のため、かなに置き換えています。正式表記は本紙をご覧ください。

参考資料:
用田政晴「北落4500年の検証」(『北落歴史文化叢書シリーズII』1999年)
『扇状地の考古学』(県立安土城考古博物館2006年)
『彦根市史』

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