くらし 〔特集〕逆境に負けず 共に前進 里山レモンの挑戦(1)
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- 発行日 :
- 自治体名 : 福岡県宮若市
- 広報紙名 : 広報みやわか「宮若生活」 No.237 2025年10月号
「里山レモン」を知っていますか。
市内のイベントや直売所で一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。
里山レモンの産地は、乙野の山あい。
耕作放棄地が増えることを憂(うれ)いた平均年齢六十七歳の六人の地元有志によって平成三十年「里山レモンの会」が発足しました。
その取り組みは年々加速し、市を元気にする力となっています。
今月号は、里山レモンの会のみなさんに里山レモンやふるさと宮若への思いを語ってもらいます。
◆里山レモンの会
平成30年、乙野地区の有志によって設立。耕作放棄地でレモンを栽培し、「里山レモン」として販売。直売所やスーパーマーケットに卸すほか、洋菓子店やレストランなどへの食材の提供、イベント出店などを精力的に行う。
◆phase1 〜設立から現在まで〜
増加する耕作放棄地
このままではこの地区の景観が失われてしまう
平均年齢67歳の6人で立ち上げた「里山レモンの会」
◇耕作地の手入れが限界 このままでは荒れ地に
里山レモンの会は平成30年1月に発足しました。発足時の会員は、営農プロジェクトに参加していた五人と、趣旨に賛同してくれた乙野浄久寺住職からなる合計六人で、平均年齢は六十七歳。発足から七年、これまでの歩みを、会員のみなさんが振り返ります。
「乙野地区は、宮若市の西部、西山の麓の小高いところにあります。先祖代々お米を作っているところが多く、山からの豊かできれいな水で育つ米は、とてもおいしいんですよ。
ですが近年、米農家の高齢化で急勾配な畦(あぜ)の草刈りが難しくなってしまっていて、シカやイノシシの獣害もあり、耕作を断念する人が急増している状況です。県の中山間地域等直接支払交付金を活用してきましたが、それでも農地の維持は難しい状況になってきたんです。このままだと乙野は耕作放棄地ばかりになって荒れ地が増え、景観が失われてしまう、という危機感がありました。耕作放棄地をなんとか活用したい、そして、地元に人が集まる仕組みを作りたいという思いで動き始めたのが、この会の始まりなんです。
まず決めたのは、何を栽培するか、です。一番の課題は獣害で、シカやイノシシが食べないレモンなら被害が少ないんじゃないかという話になり、JA直鞍に勤めていた会員の久松宏隆さんのアドバイスもあり、『璃(り)の香(か)』と『リスボン』の二種類を栽培することに決めました。寒さや病気に強い品種で、特に璃の香は果皮が薄く、種が少なく、皮ごと利用できるのが特徴なんですよ。
レモンといえば温暖な瀬戸内のイメージですが、海ではなく標高百メートル以上の里山で育つレモンということで、『里山レモンの会』という名前にしました」。
◇直面した資金問題 力を合わせて乗り切る
「瀬戸内のレモン農家への視察や育て方の勉強などを経て、一年目は、庵谷(あにや)地区の旧水田地(約五十アール)に合計百五十本の苗を植えました。
ただ、レモンの収穫には五年かかり、それまでは無収入です。初年度は補助金の申請が間に合わなかったので、最初に一人十五万円ずつ出資しました。しかし、農園の周囲に防護柵を設置しただけで当初の資金を使いきってしまい、追加の出資金を出し合ったほか、米の裏作を利用してニンニクを育てて資金源としました。
また、節約のために、集荷用のコンテナハウスは、使わなくなったものを無償でもらい受け、全員で半年くらいかけて補修組み立てをしたんですよ。保管用の中古冷蔵庫も自分たちで持ってきましたし、ほかにも必要な機材・資材は全て知人などから集めてきました。
令和6年度の作付からはJA直鞍の支援で、果樹経営支援対策事業を活用できるようになり会の運営も少しは楽になりましたが、今も節約と工夫を重ねていますね。でも、業者に任せず全て自分たちで作り上げたからこその愛着もあるんですよ」。
◇待望の初収穫からの販路開拓
「里山レモンの会発足から五年が経ち、県の普及指導センターやJA直鞍の指導のおかげで、初めての収穫を迎えることができました。出荷できた五百個は、ドリームホープ若宮やみやわかの郷など、市内の直売所を中心に卸しました。今年は初収穫から三期目を迎え、途中から栽培を始めた柑橘(かんきつ)類と合わせて百十四アールの耕作地に、五百本以上を栽培しています。
収穫できるようになって販路を確立するにあたり、まずは里山レモンの名前を知ってもらおうと考えました。市内外のイベントや学校の文化祭などに出向き、直接お客さんと顔を合わせて里山レモンのことをPRしたんです。令和5年度には、新たに白水正信さん・真優さん夫妻が入会してくれました。SNSの発信なども担ってくれるようになり、たくさんの人に情報を届けられるようになったと感じています。
レモンは現在、初収穫から卸しているドリームホープ若宮やみやわかの郷のほか、トライアルや西鉄レガネットなどの大手スーパーでも取り扱ってもらっていますし、市内の温泉旅館『楠水閣』や『虎の湯』でも使ってもらっています。
レモン単体ではなく、料理やお菓子の素材としても、さまざまな事業者に使ってもらっているんですよ。現在、市内の三店舗でケーキやお菓子に使われていて、市外も含めると十数店舗の洋菓子店に卸しています。ほかにも、げんこつからあげ弁当で有名な『博多とよ唐亭』では里山レモンのレモンソースを使ったメニューが期間限定で販売されましたし、JR九州の『或(あ)る列車』のスイーツメニューにも使われました。東京・銀座のバー『Misty』では、『福岡県宮若市産里山レモンの〔究極のレモンサワー〕』として提供されたんですよ。
このように販路拡大できたのは、対面やオンラインでの地道な営業活動、お世話になっている人からの紹介などさまざまな努力によるものですが、なかでも私たちが営業に力を入れているのは、勢いや発信力のある事業者です。彼らは新しいものに敏感で、里山レモンの魅力について興味をもってくれる担当者がたくさんいらっしゃいました。
実は、里山レモンが市の特産品として、もっとPRできるんじゃないかと感じたきっかけは、ふるさと納税返礼品として出荷を始めてからなんです。市の産業観光課からさまざまな後方支援もしていただき、自信をもって販売することで、たくさんのご縁がつながり、活動の幅が広がりました。
レモン専業の農家なんて売れないんじゃないかという不安はありますが、ほかに負けない品質のものを作り、ブランド化すれば、きっとレモン一本で稼いでいけると信じています」。
みなさん笑顔を交え、これまでの歩みを話してくれました。