くらし 合併二十周年町長挨拶

寒さの中にも、少しずつ春の気配を感じられる今日の良き日に、「山都町合併二十周年記念式典」を挙行するにあたり、
衆議院議員 坂本哲志様 吉田宣弘様
参議院議員 馬場成志様 藤木眞也様
熊本県議会議長 山口裕様
熊本県議会議員 増永慎一郎様 住永栄一郎様
熊本県上益城地域振興局長 山内桂王様
をはじめ、ご来賓の皆様には、ご臨席を賜り、厚くお礼を申し上げます。また、多くの山都町の皆様をはじめ、関係団体や関係機関の皆様にも、休日にも関わらずお越しいただき、感謝申し上げます。
まずもって、山都町合併二十周年を迎えるにあたり、町民の皆様、本町の各種団体、国・県等の関係機関、並びに友好交流自治体など本町に関わる皆様のご支援、そして先人のご尽力により、記念すべき節目を迎えることができましたことに、心から感謝を申し上げます。
平成十七年二月十一日、当時の上益城郡矢部町、清和村、阿蘇郡蘇陽町が合併し、五百四十四・六七平方キロメートルの面積を有する、県内で三番目に広大な山都町が誕生しました。
先人から受け継いだ豊かな自然がもたらす清らかな水は緑川と五ケ瀬川の流域に分かれ、標高は二百メートルから千七百メートルにも及びます。
気候も大きく異なる準高冷地に位置する本町では、合併当初から二十八の自治振興区が地域の特性を活かしながら、地域づくりに取り組んできました。
しかしながら社会の流れには抗うことは出来ず、合併当初二万人を超えていた人口は、現在では約一万三千人程度まで減少し、高齢化率は五十パーセントを超える超少子高齢化の厳しい状況にあります。
これまでの歩みを振り返りますと、公共施設の統廃合や道路、水道などのインフラ整備をはじめとして、移住・定住施策や地域経済の発展、子育て支援の充実、高齢者支援の施策、そして地域活動の活性化など、持続可能なまちづくりを目指し、様々な取り組みを推進してきました。
本日は歴代の町長もお見えになっておりますが、初代、山都町長の甲斐利幸様におかれましては、三町村の合併にご尽力され、本町の礎を築かれ、合併十周年に際し、合併功労者として表彰させていただきました。
二代目の工藤秀一様におかれましては、懸案であった役場本庁舎の建築を遂げられ、熊本地震の際には寸暇を惜しみ対応されました。
三代目の梅田穰様におかれましては、熊本地震からの復旧復興、運動公園の整備、有機農業を核としたSDGs等に取り組まれました。
これらの歴代町長のご尽力とご指導により、私たちの町は確実に発展を遂げてまいりました。
今から百七十年前に山都町内を治めていた「矢部手永」の総庄屋「布田保之助翁」は、水源に乏しい「白糸台地」に水を送るため、矢部手永の資金をもとに細川藩から資金を借り、著名な石工集団種山石工の協力を仰ぎ、近隣の農民こぞって建設作業に参加するなど多くの人々の協力を受けながら、わずか二年の歳月で通潤橋の架橋を成し遂げました。
町の宝だった通潤橋が令和五年に国宝に指定され、国の宝となりました。
また、念願であった九州中央自動車道山都通潤橋インターチェンジの開通も相まって、町の魅力向上への機運がこれまで以上に高まっています。
山都町には、これまで先人たちが培い守り続けた伝統文化や九州の中央に位置する雄大な自然などの観光資源、有機農業をはじめとする冷涼な気候を生かした農林畜産物など多くの地域資源があります。
山都町は、まだまだ多くの可能性を持った町であると考えます。
布田保之助翁をはじめ、先人たちの教えを学び、これまでの歩みと地域の絆を礎に、受け継いだ地域資源に磨きをかけ、十年後、五十年後の未来へとつないでいかなければなりません。
これから、町民が一丸となって、まちづくりに取り組まれるよう推進するとともに、この流れを絶やさず、効果的に活かしながら「誰もが住みたくなる、住み続けたくなる、安心して生きがいを実感できる『山の都づくり』」の実現に向けて、全力で取り組んで参ります。
今後とも、更なるご支援とご協力を賜りますようお願い申し上げます。
結びに、この山都町合併二十周年記念式典を新たな出発地点として今後の山の都が笑顔あふれる楽しい町になれるよう皆様の前でお誓い申し上げ私の式辞とさせていただきます。
令和七年二月十一日 山都町長 坂本靖也