- 発行日 :
- 自治体名 : 鹿児島県霧島市
- 広報紙名 : 広報きりしま 2025年3月上旬号
■重圧の先の成長へ
静岡県藤枝市に本拠地を構え、日本プロサッカーリーグのJ2で戦う藤枝MYFC(マイエフシー)。美しい藤色のユニフォームを身にまとい、鮮やかなプレーで観客を魅了する同チームは新シーズンに向けた強化キャンプを霧島市で行い、隼人町に九州支店を置く(株)静環検査センターとパートナー契約を結ぶなど、霧島市にゆかりの深いJクラブです。
「一体感」をスローガンにJ1昇格を目指す同チームに今シーズン加入したのが、背番号「1」を背負う六反勇治さん(37)です。「サッカーを始めて34年目。まだまだ吸収することがあるし、成長できる」と力を込める六反さんは幼児期にサッカーに出会い、小浜小学校、隼人中学校に通いながら地域のクラブチームでサッカーの技術を磨きました。「当時の隼人町をはじめ、鹿児島はサッカーが盛んで。ライバルと切磋琢磨(せっさたくま)できる環境で習得したものが、選手としての礎になっています」と話します。今でも年に一度は思い出のある霧島市に帰っており「年の始まりを小浜の海や桜島を見ながら迎えられるのは格別ですね」とほほ笑みます。
中学生までフィールドプレーヤーとして活躍していましたが、高校進学を機にゴールキーパーに挑戦します。「ゴールキーパーは、一挙手一投足がチームの勝敗を左右します。責任がとても重いからこそ、意地でも仕事を全うしなければなりません。それがゴールキーパーの魅力の一つだと思うし、この考えは今の私の人格形成に大きく関わっていると感じています」と話します。大学進学を考えた時期もありましたが、プロの世界に挑戦したいという思いから、平成18年にアビスパ福岡へ加入。それは全国大会の経験がなく無名の選手だった六反さんにとって、大きな挑戦でした。「試合に出場するためには、地に足を着けてひたむきにプレーするしかなかった。なかなか試合に出られない苦しい期間を耐え抜く姿勢も、評価してもらえたと思います」と当時を振り返ります。努力が実を結び、長年目標にしていた日本代表にも選出されました。「日本代表に選ばれたときは自分以上に、家族やこれまで関わった人たちが喜んでくれました。日の丸を背負うということは、それだけ誇り高いことなのだと実感しました」と笑顔を見せます。
今後の目標について「フィールドでチームメイトと喜びや涙を分かち合える。こんなに素晴らしいことはありません。そこに立ち続けるために、いつまでも若い世代の選手と共に成長していきたい」と話す六反さん。大きな重圧をものともしない、渾身(こんしん)のセーブで今日もチームの勝利を支えます。
▽六反勇治さん(37)
J2藤枝MYFC(マイエフシー)所属。趣味は読書。インスタグラムでフォロワーからお薦めの本を紹介してもらうことも。身長188cm、体重80kg。