くらし 戦争を知らない時代に問う、平和の意味(2)

【語り継ぐ記憶、つないでいく平和】
戦争のない時代に生きる私たちが、平和をつないでいくためにできることは何でしょうか。

いつもの平和な朝が来て、いつもの日常が始まる。そんな平穏な暮らしがどれほど尊く、どれほど崩れやすいものか私たちは忘れてはなりません。

■近くて遠い戦争
あなたは最近、平和について思いを巡らせる機会がありましたか。日本で戦争のない時代が80年続く今、その機会は徐々に減ってきていませんか。「自らの生死がかかっていない戦争を、物理的にも時間的にも、遠いものと感じているからかもしれません」と話すのは、鹿児島大学教育学部教授の佐藤宏之さん(49)です。
ウクライナや中東をはじめ、現在も世界で続いている戦争。その物理的な距離から、自分とは関連のない出来事のように感じる人もいるかもしれません。しかし、ガソリンをはじめとする物価高騰の要因にもなり、遠くの国の戦争は私たちの生活に確実に関わっていることが分かります。
もう一つの要素が、戦争を単なる歴史上の出来事のように錯覚させる、80年という月日。佐藤さんは当時の戦争を考えることが平和を捉えるきっかけになるとし、その方法として『語り継ぐこと』の必要性を説きます。「戦争が80年前の出来事である以上、体験していない世代はその悲惨さを想像するほかありません。戦争体験者の生の声はその想像に具体性を持たせるものであり、時間的遠さを感じている人にも80年という月日を飛び越えて、平和の尊さを問いかけるものなのです」

■物言わぬ語り部
私たちが未来へつないでいく戦争の記憶は、触れる機会が多いもの、学校で教えられるもの、インターネットなどで検索できるものといった一部の記憶に絞り込まれていき、人の目に触れない記憶は忘れ去られていくことが懸念されています。「80年前の戦争に思いをはせるためには、歴史と対話できる場を作る必要があります。その場が戦争遺跡です。しかし、戦争遺跡をはじめ戦争に関する全てのものを保存できたとしても、戦争の記憶を未来に継承するということにはなりません。平和学習への教材化や戦争を考えるツアーの誘致など、地域の歴史資産としての新たな価値を付与して初めて、『物言わぬ語り部』として継承したといえるのではないでしょうか」と問いかける佐藤さん。「戦争遺跡の保存と活用に『どういった歴史的背景があるのか、何を伝えたくて保存しているのか』その存在意義を後世に伝えていく。これは今を生きる私たちにしかできない使命です」と力を込めます。

■身近にある平和
戦争の対極にある、平和という言葉。この言葉の意味を考える時に、国家間で行われる戦争のイメージが先行して、平和がとても大きな言葉のように感じたことはありませんか。
「日本では、平和の意味が戦争をしないという意味に置き換えられることが多いように感じます。私がヨーロッパで体験した平和学には、平和という意味を通常の生活に落とし込んで、個人やコミュニティ間で相手を理解することから始めようという考え方がありました。平和は国家間のレベルの話ではなく、日常のいざこざを起こさないというレベルにも存在します。裏を返せば、日々の小さな争いが大きな戦争につながっていくのかもしれません」と佐藤さんは指摘します。
戦争がいつ始まり、私たちの生活を突然変えるのか、それとも少しずつ変えていくのか誰にも分かりません。いつも通りの今日が、長い戦争の一日目だと仮定した時に、あなたは何を感じますか。悲惨な経験を繰り返さないように、私たちは平和という意味を考え続ける必要があります。
日常の生活で相手を理解しようとする、その姿勢が、戦争を繰り返さないということへの第一歩なのかもしれません。

鹿児島大学教育学部教授
佐藤宏之さん(49)