- 発行日 :
- 自治体名 : 東京都台東区
- 広報紙名 : 広報たいとう 令和7年8月5日号
■その五 蔦重ゆかりの人物(3) 大田南畝(おおたなんぽ)
狂歌師・幕臣である大田南畝は、寛延2年(1749)生、文政6年(1823)没、江戸の人。別号に蜀山人(しょくさんじん)、四方赤良(よものあから)など多数あり、蔦重と手を組み狂歌集を発行した、天明狂歌ブームの中心人物です。狂詩(きょうし)、洒落本(しゃれぼん)、黄表紙(きびょうし)を手掛け、他人の著作物にも序文や跋文(ばつぶん)(あとがき)を寄稿しました。
その一つ、変化朝顔(花や葉の形・色が突然変異した朝顔)を紹介した、文化14年(1817)、狂歌師・四時庵形影(しじあんけいえい)の『朝顔叢(あさがおそう)』では、序文において、大坂で流行した変化朝顔が江戸に伝わり、江戸最初の品評会が蔵前の大円寺(現在廃寺)で開催された事実を述べ、さらに「遠桜山人(えんおうさんじん)」の名で二首の狂歌を詠んでいます。
さかりなるときはとぞみる 朝顔のみ(実)さへ花さへその葉いろさへ
やしな(養)へば むま(午)の貝ふく比にても 牛ひ(牽)く花のさかり久しき
朝顔の開花期は、種、花、葉の色までも見入ってしまい、「午の貝吹く頃」とは正午を指し、午前中にしおれてしまう朝顔が正午過ぎでも咲いている状況をたたえているかのようです。牛ひく花とは「牽牛花(けんぎゅうか)」と漢名で表記した朝顔のことで、有名な文人が、台東区の花の朝顔を観賞していた様がわかる書物です。
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