文化 人形遣いが紡(つむ)ぐ伝統(1)
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- 自治体名 : 神奈川県平塚市
- 広報紙名 : 広報ひらつか 令和7年9月第3金曜日号
◆人形遣いが紡(つむ)ぐ伝統
三味線の音楽と義太夫節の語りに乗せ、人形を遣って物語を表現する人形浄瑠璃。平塚市には江戸時代からの伝統芸能に親しみ、物語を紡ぎ続ける人たちがいる。
人形浄瑠璃(人形芝居)・囃子(はやし)太鼓・祭事など、平塚市には多様な無形民俗文化財が残る。形のない民俗芸能・技術が時代を超え、現代に受け継がれている。その中で、県の同文化財に指定されているのが「相模人形芝居前鳥(さきとり)座」だ。
相模人形芝居は江戸時代に相模国に伝わったといわれ、15カ所の伝承地が確認されている。現在、伝統を継承するのは、平塚市の前鳥座、厚木市の林座・長谷座、小田原市の下中(しもなか)座、南足柄市の足柄座の4市5座だけとなった。
◇5座の総合調査
5座はいずれも国や県の無形民俗文化財に指定されている。各座、相模人形芝居の普及・啓発に尽力しているが、担い手の高齢化など、継承者不足に直面している。
そこで本年度、4市で協定を締結し、伝統を一体的に後世に継承するための調査が始まった。5座との関係が深い大谷津早苗さんが実行委員長、平塚市が事務局を務める。調査内容は稽古などでの聞き取りの他、操法や人形・道具類の調査、上演の記録など。各座の協力の下、3年かけて進めていく。
◇二つの系譜が共存
江戸時代に始まった人形浄瑠璃。長い歴史の中で、系譜の違う人形の操法が生まれ、伝わってきた。操法には調査が始まった前鳥座の「三人遣い」と、高浜高校文楽(ぶんらく)部や湘南座の「一人遣い」がある。いずれも物語を語る太夫・三味線・人形遣いの「3業」で成り立つ。平塚市のように、系譜の異なる人形芝居が共存する地域は全国的にも珍しい。各団体が技術と思いを、次世代につなぐ努力を続けている。
◆昔と変わらぬ姿を守る
総合調査が始まった5座の相模人形芝居。前鳥座では6月の稽古に1回目の調査が入った。専門家が訪れ、歴史ある人形芝居が四之宮の地でどのように継承されているか、稽古の風景や道具類などを記録していった。
前鳥座の歴史は江戸時代中ごろから。古くは「四之宮の人形」と呼ばれ、四之宮の前鳥神社へ芝居を奉納していた。第2次世界大戦の前後は活動を中断したが、昭和27年に地元の有志らによって活動を再開。33年に「前鳥座」と命名され、新たなスタートを切った。
「前鳥座で継承されてきた相模人形芝居の伝統を守るために、昔と姿を変えないようにしています。稽古や舞台のたびに自分たちで映像・写真に記録して、確認しています」と話す、前鳥座の座長、鈴木文雄さん。「全てを覚えているのは難しいです。長く使っていない道具類の用途など、調べて初めて分かることもあります」。昔の座を知る人が少なくなった今、過去の資料や映像の重要さを語る。「会場や運搬などの都合で、演出などを変えなければいけない場面もありますが、『昔からの姿』を確認し、伝えていきます」。
◇再び演(や)りたい物語
前鳥座には22人の座員がいるが、活動しているのは現状15人。高齢の座員は常に参加するのが難しくなってしまった。「人形を6体使う演目は、ギリギリの人数で回しています。もし当日1人でも欠けたらできなくなってしまうので大変です」と鈴木さん。舞台や他の団体に迷惑がかかるので、ここ数年は人形の多い演目が選びにくいそう。「あと3人いたら、できる演目も増えるんですけれど……。しばらくできていない代表的な物語もまた演(や)りたいですね」と少し寂しげに語る。
◇若手が主体の配役
その中で鈴木さんが本年度の演目に選んだのは『鎌倉三代記三浦別れの段』。2・3年目の若手座員が主体の配役にした。「演目の経験者を含め、配役を一新しました。これからの若手座員には経験を積んで、力を付けてもらいたいですから」とにっこり。「主人公は主遣いと左遣いが若手座員です。足遣いのベテラン座員がしっかり支えてくれています」と続ける。
◇専門家からの指導
7月19日の稽古。四之宮公民館には座員の他に、講師の熱心な指導の声が響いていた。声の主は人形浄瑠璃指導員の林美禰子(みねこ)さん。下中座の元座長で前鳥座とも付き合いが長い。前鳥座では市の支援を活用し、近年、林さんに指導を依頼している。初めて主役級を任されている若手座員らは、人形の操り方・体の使い方などを、真剣な表情で教わっていた。
◆「好き」が積み重なって
総体的には高齢化の課題を抱える前鳥座だが、若い世代も主力として活躍している。その1人が座で唯一の10代、相原結愛(ゆあ)さんだ。小学校4年生の時に3歳上の友人に誘われ、「面白そう!」と人形芝居の世界に入った相原さん。「『一時的な熱中』ではなく、皆さんの雰囲気とか、芝居の楽しさとか、いろいろな『好き』が積み重なったから、ずっと続けられたのだと思います」と話す。肩肘を張らず、趣味として地域の伝統に触れてきたことが伝わってくる。
ただ今年、少し心境の変化があったそう。「初めて配役の希望を出しました。大学生になって前より時間ができたので、本腰を入れて取り組みたいと思ったんです」と説明する。相原さんが担当するのはヒロインである「時姫」の足遣い。初めて主役級に挑戦する相原さんの思いに、鈴木さんは笑顔でうなずいていた。
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