くらし 私のカルテ No447

■インスリン:糖尿病患者に対する「烙印(スティグマ)」について
津島市民病院 内分泌内科主任医長
三輪田 勤(みわた つとむ)

◇インスリンとは
私たちが健診を受けるとき、多くの人は糖尿病があるかどうかを気にされると思います。実際、厚生労働省は現在治療中の糖尿病患者総数が約600万人であると発表しており、これは全人口の20人に1人に相当します。このような糖尿病患者の多くは飲み薬で治療されていますが、一方でインスリンというホルモン剤を自分でおなかに注射されている方もいらっしゃいます。
今回はこのインスリンというホルモンについて、そしてこのインスリンを用いた治療法について説明します。

◇インスリンの歴史
インスリンとは血糖を下げる唯一のホルモンです。1921年にカナダのフレデリック・バンディングとチャールズ・ベストによって発見されました。それまでは体からインスリンが分泌されない1型糖尿病という病気の患者さんは不治の病とされ、ほぼすべての患者さんが20歳を迎えることなく亡くなられていました。しかし、インスリンの発見により合併症という問題を残しながらも、大幅に寿命を延ばすことが可能になりました。この発見によりバンディングらは、1923年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

◇日本でのインスリン事情
一方、日本ではインスリンを安定的に製作する工場を作ることができなかったこともあり、インスリン療法が保険適応となるのは1980年と比較的最近のこととなります。当初は体内のインスリン分泌の流れを正確に再現することができないこともあり、うまく血糖を管理することができませんでした。しかし、1990年ごろに即効型インスリンが発売されるようになってから、血糖を厳密にコントロールすることが可能になり、合併症の発症率が大幅に減少するようになりました。

◇インスリンはどのような人に使用されるのか?
インスリン療法は一度始めるとやめられないと考える方が多いと思います。ところが実際にはインスリン療法は病院内、外来のいたるところで使用されており、一時的に使用するのみである方々が多いです。他方、どうしてもインスリン療法を必要とする方々が一定数いらっしゃいます。どのような人かというと「体からインスリンが分泌していない、または出ていても少量である」方々になります。中から分泌していないものは外から投与するしかないという考え方です。

◇インスリンに対する誤解、糖尿病患者に対する「烙印(スティグマ)」
私たちは外来でインスリンを使用されている患者さんから「インスリンをしていることを友人に伝えることができない」、「インスリンを外で打ちたくないから外食ができない」などの声をよく耳にします。このような声の背景には
・インスリンをしているということは糖尿病がすごく悪いのだろう
・だからこの人はきっと日ごろの行いが悪い、だらしのない人だ
と思われるのではないかという気持ちがあると思われます。しかし、きちんとした生活習慣を送っていても、体から分泌するインスリンが不足しているためインスリン注射を必要としている方々は多くいらっしゃいます。日本糖尿病学会では、このように適切な糖尿病治療を妨げるような社会的偏見を糖尿病患者に対する「烙印(スティグマ)」と名付けています。そしてこのような「烙印」を感じることなく、インスリン療法を含む様々な糖尿病治療を適切に行えるような社会づくりを目指すことを提唱しております。このカルテがそのような社会を作る一助となれば幸いです。