- 発行日 :
- 自治体名 : 京都府京丹後市
- 広報紙名 : 広報京丹後 2025年4月号(第253号)
特集★Design(デザイン)My(マイ)Life(ライフ)!インタビュー-地域を支える移住者とその働き方の新しい形-
■私の場合、「やりたい仕事を見つける」より「このまちで働きたい」が一番でした
人生の価値観や選択肢が多様化し、生活や住む場所へのこだわりも一人一人違う今、仕事選びに「何を求めるか」も人それぞれ。
これからも続く未来のまちのために「働き方」について考える。
1年半前京丹後へ移住してきた廣瀬純乃(ひろせあやの)さんは兵庫県出身。学生時代は宝塚市、宇治市と都市部で生活してきました。京丹後を知ったのは大学2回生のフィールドワーク。
「まちや人の雰囲気に惹かれて、それ以降、ふとした時いつも頭の片隅に京丹後があった」という彼女。けれど卒業後、このまちで働くまでの道のりは長かったと言います。
▽企業や業種ではなく地域で選ぶという選択
大学時代、友人たちが観光業界に進路を考える人が多い中「まちづくり」に興味を持った廣瀬さん。フィールドワークで訪れた京丹後に大きな影響を受けたと言います。「フィールドワークも楽しかったし、京丹後というまちに惹かれて、終わった後もいつも頭の片隅にありました」。
まわりが就職活動を始めた頃、まだ希望の企業や業種に悩んでいた廣瀬さん。「自分のやりたい仕事というのがピンと来ない。この選び方はなんか違うなぁ、と。私には合わないと感じました。だから、まず地域を絞って、働く場所はその後探そうかなと。それから徐々に、京丹後へ通うようになりましたね」。
大学を卒業後、京丹後には通いつつ、近隣のまちで就職が決まった廣瀬さん。「当時は、近くだからいいかと思ってましたけど、住んでいたところは移住者のコミュニティがどこにあるのか分からないし、情報も入ってこない。京丹後には「まちまち案内所※1」とか「roots(ルーツ)※2」で移住者同士のつながりがあるのになんで?と思いました。一人ぼっちでしたね。会社と家の往復ってこういうことか、と感じた時期でした」。
しばらくして、京丹後市が進めるまちづくり事業「つくろう、未来のまち※3」を知って、すぐさま応募条件を確認した廣瀬さん。「そしたら京丹後に住んでる人か、働いている人ってなってて、ええっ!?て(笑)もう行くしかない!と思って、仕事を辞めて移住を決めました」。
▽「ほむたん」との出会い
京丹後に移住したものの、やはり迷ったのは仕事探し。そんな中、移住者の支援をしている川渕一清(かわぶちかずきよ)さんから「ほむたん(TEAM HOME TANGO)」の立ち上げと、そこで始める仕事を勧められます。
ほむたんは、令和4年に発足した京丹後地域づくり協同組合の通称。Uターンや移住を考えている人を中心に、農業や観光業、酒造業などを組み合わせ、年間を通じた雇用環境を整備し、人手不足に悩む事業者には、ニーズに応じて人材を確保する特定地域づくり事業に取り組んでいます。「私は、やりたいことが決まってなかったから、いろんな職種を体験して成長できるし、仕事も安定してある、この働き方は合ってるかも、と思いました」。
ほむたんの職員として、さまざまな業種で働くようになった廣瀬さん。仕事先は、本人の希望やスキル、季節などに応じて相談、決定していきます。「1年目は、いろんな事業者さんを巡って行くんですけど、仕事を覚えたタイミングで『じゃあ次行ってみましょう』って感じで。せっかく覚えたのに…みたいな(笑)。
※3 京丹後市が行う「都市拠点等の在り方検討会議」の若者ワークショップ。都市拠点等の整備に向け高校生から大人まで一緒に考えた企画提案が行われた
でも2年目で同じ仕事場を巡ったときは結構落ち着けましたね。最初頑張った分、覚えたことを活かせてる感覚がありました」。