文化 【たかつき歴史アラカルト132】村の暮らしを映し出す宮田遺跡

鎌倉時代には、将軍源頼朝や執権北条義時など著名な人物の活躍が文献などからよく知られています。一方で、庶民の暮らしや村の姿の記録は限られます。このため発掘調査で得られる情報は当時の暮らしを知る上で重要です。
宮田町一帯に広がる宮田遺跡は、昭和46(1971)年に初めて発掘調査を行った集落遺跡で、中世の村が遺跡調査の対象として注目され始めた頃の代表例です。この遺跡では、女瀬川のすぐそばで、多数の掘立柱建物や塀とみられる柱の列、生活に欠かせない井戸が見つかりました。この他にも瓦器(がき)という黒い焼き物のお椀や淡黄色の土師器(はじき)の皿、輸入品の磁器、げたやお盆など木製の生活用品も見つかっています。
この発掘の大きな成果は、当時の村の建物や塀といった敷地の配置、つまりは具体的な村の姿を明らかにしたことです。調査地内は溝によって三つの敷地に分かれ、それぞれの敷地には4~6棟程度の建物が建ち、井戸が付属していたようです。敷地の一つには蔵もありました。このような発掘調査の成果をビジュアルとして分かりやすく表した復元模型は、教科書の指導本にも一般の村の代表例として掲載されました。宮田遺跡の発掘調査は、文献には残らない鎌倉時代の村を映し出し、その様子を生き生きと伝えることとなったのです。
(今城塚古代歴史館)