- 発行日 :
- 自治体名 : 島根県雲南市
- 広報紙名 : 市報うんなん 2025年10月号
■お医者さんでも、迷っています~医療現場における不確実性~
地域ケア科 診療科部長 笠 芳紀(りゅうよしのり)
皆さんは、自身や家族の体調が悪くなり病院にかかるとき、「お医者さんならすぐに病名が分かって、一番いい方法で治療してくれるはず」と期待されているのではないでしょうか。
しかし、実は医療の世界には、どうしても「確実ではないこと(=不確実性)」が常に存在しています。私たち医師は、この「不確実性」と日々向き合いながら、皆さんの健康な生活を支えるため、最善を尽くしています。
「不確実性」には、診断や治療そのものの難しさ(技術的な不確実性)のほかにも、人生の終え方のように「正解」がない問題、さまざまな専門スタッフと協力する中での意見の相違など、いろいろな形があります。
今回はその中でも、皆さんの診察に最も関わりの深い「技術的な不確実性」についてお話しします。
◯医師の頭の中は、まるで漫才?
皆さんは、医師が「その症状は、〇〇病ですね」、「この検査結果なので、△△症候群です」というように、スパッと診断を下しているイメージをお持ちではないでしょうか。
しかし実際は、全く違います。「こんな症状が出ているけど、この病気だろうか」、「もしこの病気なら、あの症状もあるはずだけど…。もう少し詳しく聞いて、検査もしてみよう」というように、さまざまな可能性を考え、時には迷いながら診療を進めているのが実情です。その様子は、さながらミルクボーイの漫才のようです。
「これは肺炎やなぁ」
「でも、せきや痰などの症状はありませんよ」
「じゃ、肺炎と違うかぁ」
「でも、レントゲン写真には肺に影が…」
「やっぱ肺炎やないかい」
「でも…」
このように、頭の中で自問自答を繰り返しながら、診断に近付こうとしているのです。
◯なぜ「確実」ではないのか?
この「診断や治療の難しさ」には、いくつか理由があります。
《言葉の壁―症状の伝わりにくさ》
患者さんからお話を聞くことは、診療で最も重要なことの一つです。しかし、患者さんが伝える症状の表現を、私たちが正しく受け取れていない可能性は常にあります。
私が雲南市に来て、今でも完全に理解するのが難しいと感じる言葉に「せつい」があります。救急外来でこの言葉を聞くと、息苦しいのか、胸が締め付けられる感じなのか、痛みなのか違和感なのか、いろいろな聞き方で確かめようとしますが、なかなかうまくいきません。患者さんは「とにかく、せつい」とおっしゃり、どう解釈すればいいか、頭を悩ませることもあります。
皆さんが当たり前に使っている言葉の細かなニュアンスを、医師がうまく汲み取れないと、正しい診断に結び付かないかもしれません。
また、患者さんが「これは大したことないだろう」と思って話さなかったことの中に、診断の重要な手掛かりが隠れていることもあります。逆に、本人が重要だと思っていた情報が、かえって診断を複雑にしてしまうケースも少なくありません。
《万能な検査や治療はない―検査と治療の限界》
どんなに優れた検査でも、病気のすべてが分かるわけではありません。また、お薬などの治療も、すべての人に同じように効くとは限りません。
インフルエンザが流行する時期に、検査では「陰性」だったのに、「インフルエンザの可能性はあります」と言われた経験はありませんか。インフルエンザの迅速検査は、実際に感染している10人を検査しても、陽性になるのは6人から8人程度です。つまり、感染していても10人のうち2人から4人までは「陰性」と出てしまうのです。
そのため、家族がインフルエンザにかかった後に自身も発熱した、といった状況では、「検査が陰性でもインフルエンザの可能性が高いので、お薬で治療を始めませんか」と提案することがあります。それでも、「学校や職場に証明書を出さないと」、「はっきり診断してほしい」などの理由で検査を行い、結果が陰性だと、私たちも「さて、どう説明し、どう治療しようか…」と再び頭を悩ませることになります。
病気によっては確立された治療法もありますが、効果には個人差があり、最終的には「やってみなければ分からない」というのが実情です。治療の経過が想定と大きく異なる場合は、診断そのものを見直すこともあります。
◯皆さんと共に、病気と向き合うために
市民の皆さんから見ると「万能」に思えるかもしれない医師も、日々こうした「不確実性」の中で、手探りで診療を行っています。
この不確実性を完全になくすことはできません。だからこそ私たちは、患者さんのお話に真摯に耳を傾け、丁寧に診察し、看護師や他の専門スタッフと協力することで、思い込みや見落としを防ぎ、皆さん一人ひとりにとって最善の医療は何かを常に考えています。
病気と向き合うためには、私たち医療者と、患者さんや家族との対話と協力が何よりも大切です。これからも、皆さんと一緒に考え、歩んでいきたいと思っています。