- 発行日 :
- 自治体名 : 広島県府中町
- 広報紙名 : 広報ふちゅう 2025年8月1日(No.1138)
■第55回 府中が農村だったころ(15)〜用水(2)線香水
岡田用水(おかだようすい)は、地元では線香水(せんこうみず)と呼ばれています。この由来については、府中公民館が創立五十周年記念で発行した『府中昔話』や吉田美江子さんが編集・発行した『語り伝えたい府中の話』に紹介されています。岡田用水が流れる上岡田・下岡田・石井城に広がる田畑は真砂土(まさど)で「水もて」が悪く(保水力が弱く)、農業をする人々は困っていました。特に梅雨(つゆ)が終わり渇水期(かっすいき)になると誰もが自分の田に少しでも多くの水を欲しいと考えます。稲が一番育つ夏の稲田(いなだ)に水は切らされません。時に畔(あぜ)に穴を開けて水を盗む人も出て、見廻りの人と鍬や鎌を振り回す大喧嘩になることもあったと言います。これが「水争い」です。そこで関係者が話し合い、水番を決め順番に水を管理しました。この時に皆が公平に水を得られるように、水番が用水から自分の田に入れる水量は線香一本が燃え切るまでと決めたのです。水は昼夜関係なく流れるので、水番もいつの時間になるか分かりません。夜であれば蚊には食われるし暗くて怖いしで、2〜3人で焚火をしながら行いました。次の水番がきて確認をして交代です。線香一本燃える間の水取りだったため線香水と呼んだのです。
「府中昔話」では、ある時この約束を破り、2本分を引いて自分の田を水でいっぱいにした人がいたそうです。自分の田のための線香が燃え切っても次の水番が来ないので、もう1本分水を引いたのです。ところが翌朝、田の草取りに来ると前夜いっぱいになったはずの田の水が無くなっていたといいます。皆はこれを不思議がり、それからは線香水の約束は誰一人、破るものはいなくなったとのことです。約束は破らないようにとの戒(いまし)めなのでしょう。
府中町文化財保護審議会委員
菅 信博