健康 長南町認知症サポート医〔上野秀樹先生〕の認知症見立て塾[第50回](1)

この連載も今回で50回目となりました。今回は、私が長南町で開設している古民家クリニック長南と私の診療経験についてお話ししましょう。

心療内科、精神科を標榜している古民家クリニック長南では、特に高齢者の方々を対象として診療をしています。認知症の人の診療が中心となっています。私がどうしてこのようなクリニックを開設したのか、まずは私の診療経験をご紹介します。

私は、1992年に東京大学医学部を卒業し、東大附属病院精神神経科にて初期研修を行いました。その後、ずっと統合失調症を中心とした精神障害の方の診療に従事しておりました。2004年に東京都立松沢病院(以下、松沢病院)に勤務していた時に、一つの転機が訪れました。認知症の人のための精神科専門病棟を3年間担当することになったのです。そこで、自分がやるべきことを感じた私は、その後は高齢の方々を対象に診療をするようになったのです。
松沢病院での診療は大変でしたが、とても有益な経験でした。松沢病院は日本で現存する最も古い公立精神科病院で、その歴史は1879年(明治12年)に開設された東京府癲狂院(とうきょうふてんきょういん)に始まります。私が在籍していたときにはベッド数が1,000床以上ある巨大な精神科病院でした。東京都内には多くの民間精神科病院がありますが、民間病院では対応が難しい方、状態の悪い方、治療に難渋する方などを積極的に受け入れる精神科の最後の砦のような病院だったのです。そんな病院で、私が3年間担当したのが病床数30床の認知症精神科専門病棟でした。
なぜもの忘れや理解力・判断力の低下に苦しむ認知症の人の治療に精神科医療が必要なのか、なぜ認知症の人のための精神科病棟があるのか、疑問に思う方もいるかもしれません。認知症は、いったん正常に発達した知的機能が何らかの後天的な原因で低下し、もの忘れや理解力・判断力の低下があるために、日常生活・社会生活に支障を来した状態をいいます。こうした認知症の方、実は不安や幻覚、妄想などの精神症状を合併することがとても多いのです。軽度認知障害から認知症の全経過を通じて、約8割の人に精神症状が合併することがあるという報告もあるくらいです。認知症の人には、日常生活・社会生活の支障があるため、支援が必要になります。もの忘れや理解力、判断力の低下だけであれば、周囲の支援者も本人が何に困っているのか、大体推測することは難しくなく、適切な支援も比較的提供しやすいといえます。しかし、不安や抑うつ状態、幻覚や妄想などの精神症状が合併してしまうと、本人がどうしてそんな状態を呈しているか、理解が困難になることも多く、とたんに支援が難しくなってしまうのです。そこで、経験豊富な精神科医の出番となるわけです。
私は30床の病棟を3年間担当し、約180名の精神症状が激しい認知症の人を入院加療しました。それまで診療してきた若年の統合失調症やうつ病の人とは相当違いがあり、毎日が試行錯誤の連続であったことを記憶しています。千葉県に引っ越してくるまで、病院から歩いて5分のところに住んでいたので、夜間や休日の急な呼び出しにもできる限り私自身が対応するようにしていました。
その後は、この松沢病院での経験を活かして、高齢者の方の診療をしています。受診した人がより幸せになることができるように、様々な工夫をしています。千葉県旭市の海上寮療養所に勤務していたときには、当時はまだ珍しかった認知症の人を対象にした精神科訪問診療を実践し、精神症状のために受診できない方に精神科医療を提供することで大きな成果をあげることができました。
また2012年から2期4年間にわたり、障害者基本法に基づいて内閣府に設置された障害者政策委員会の委員を務めました。国レベルでの障害者施策の策定に関与することで、ひろく障害者施策全般に関して研鑽を積むことができ、考え方が大きく変わったことを記憶しています。