くらし 奏であう人 ボリューム80(2)

■それぞれの思いを胸に活動拠点として選んだ街へ
大学在学中に村山市で起業し、地方創生を目指す事業を行う末永さん。かつては自身も多くの地方の若者と同じく、地方の暮らしに反抗したひとりだったと話します。
「私は、富山県出身で、地方から出たいと東京の大学を選びました。大学で経済学を学ぶ中で、生活や文化などの人の営みを経済活動に結びつける学問に出会いました。これまでの価値観が大きく変わり、個性的な文化がある地方にこそ面白さがあると考えたのです」。
地方をもっと知りたいと感じた末永さんは、在学中に全国各地に赴く中で、村山市に出会い、地元の方と意気投合して、移住を決意します。
「コロナ禍で大学の授業がオンラインで全国どこでも受けられるようになったので、村山市に住んでいいですか、と冗談で話したら、トントン拍子に進んで。」とほほ笑む末永さん。
一方、これまでダンサーおよび振付家として国内外で活躍してきた久保田さんは、「大石田エアー」の取組みに惹かれ、大石田町の地域おこし協力隊(以下、協力隊)に応募したそうです。大石田エアーは、町の劇場施設を拠点にダンサーを招き、創作活動を支援するもので、「アーティスト・イン・レジデンス」と呼ばれる取組みです。
「幼い頃からクラシックバレエに打ち込んできた私は、大学時代の恩師から『ダンスはテクニックだけではなく、イメージをもって表現することが大切だ』と言われ、ダンスの世界観が変わりました。その後、自由な身体表現、自由な創作を特徴とするコンテンポラリーダンスを学びました。地元埼玉県でその土地ならではのダンスを創作し、地元の方に楽しんでもらった経験もあり、大石田エアーに興味を持ったのです」。

■ダンスで新たな文化を耕す
久保田さんが話を続けます。
「今は、大石田町の芸術文化に関わる企画の運営に携わり、ダンサーとしても公演に参加しています。協力隊として初めて運営・出演した公演は、温泉の浴場で行ったんですよ」。
「えっ、浴場ですか。」と驚く末永さん。久保田さんが話します。
「休館日を利用し、お湯を抜いた浴場を舞台に見立てて、ダンスを行いました。お客さんも浴場に入り、自由に観賞を楽しんでもらいました。協力隊の前任者が、町でダンスをはじめとする芸術観賞を楽しむ文化を耕してくれていたので、最初から町民との距離を近く感じられました」。
“文化を耕す”という言葉に共感して、末永さんが応えます。
「経済だけで考えれば、地方は東京に敵いません。しかし、久保田さんたちが今まさに耕している芸術を楽しむ文化は、先人が耕した文化と同じように、都市に負けない、地方の活力の源になるはずです」。

■一人ひとりのチャレンジが地域を変えていく
末永さんが言葉を続けます。
「私は、市内外の交流を生み出す場所や新たな事業へのチャレンジを後押しする場所を作りたいと考えていました。まちなかの空き家を改装した“キワ”には、飲食店の起業を目指す人に一時的に店舗を貸し出す“チャレンジキッチン”や、旅行者が滞在できるシェアハウスなどの機能があります。
オープンから四年目を迎え、たくさんの方に利用していただきました。キワをきっかけに、飲食店やシェアハウスを開業した方、村山市のバラを使ったロゼワインの開発にチャレンジした方もおり、とてもうれしく思っています」。
久保田さんは共感して応えます。
「大石田町は小さな町ですが、公演を重ねる中で、平均約70名もの方が見に来てくれるようになりました。昨年は、豊かに自己表現できる子どもたちを育てようと、地域のダンスクラブも新たに開講しました。将来は、山形と東京の2拠点で活動し、日本の最前線の舞台でダンスを磨きつつ、大石田町に還元していきたいと考えています」。
お二人の活動をきっかけに変わっていく地域。今後の展開に期待がふくらみます。