文化 那須与一伝承館通信 第95回

■「佐良土の飛行場」
今から80年前、佐良土に軍用の飛行場がありました。これは、金丸原飛行場が空襲で使用不能となった際の予備滑走路として計画されたもので、現在の国道294号と東野鉄道線路跡の間に整備されました。整備工事は昭和19年(1944)秋に始まり、周辺町村からの勤労奉仕隊(きんろうほうしたい)によって進められ、昭和20年(1945)春に完成したといいます。また、那珂川から石を運び滑走路に敷いたとも伝わっています。しかし、実戦で使われることなく終戦を迎えました。
飛行場について記録した資料としては、昭和20年(1945)にアメリカ軍が日本軍の飛行場をまとめた報告書「Japaneseairfieldsdata」(「日本の飛行場に関する資料」原所蔵機関は米国国立公文書館)があります。その報告書のターゲットナンバー2820「SARADO」(佐良土)によると、滑走路の長さは南北3,900フィート(約1,200メートル)、幅は180フィート(約55メートル)で、駐機場や格納庫はありませんでした。戦後は水田や民家となり、その面影をみることはできませんが、地元ではその辺りの地名を「滑走路」とも呼んでいます。
※現在、那須与一伝承館では終戦80年目を記念したテーマ展を開催しています。この機会にぜひご覧ください。

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