くらし 【特集】野生鳥獣の被害を防ぐ 暮らしの守り人

身近な自然に目を向けると、シカやサル、オオタカなど多くの生き物が、私たちのすぐ近くで暮らしています。その一方、餌を求めて畑を荒らすなど人の暮らしにも影響が出ています。特集では、増えすぎた野生鳥獣を適切に管理することで、被害を防ぎ、自然環境のバランスを守る「猟友会」の姿を追いました。

7月下旬、清川村との市境にある山の入り口に猟友会のメンバーが集まりました。狩りの作戦や役割を確認し、それぞれの持ち場に散らばります。獲物のにおいをたどりながら山を駆け上がっていく猟犬の後ろを、銃を手にしたハンターたちが息を潜めて歩みを進めます。森の奥では、野生鳥獣と真剣に向き合い、地域の暮らしを守る人々が活動しています。

◆生態系の管理を担う
緑が広がる丹沢には多くの生き物が暮らしています。近年、人間の活動などにより生態系のバランスが大きく崩れ、特定の草木を食べるシカやイノシシは、食べ物を探して、畑を荒らすなど人里に被害をもたらしています。猟友会は、県や市、住民から依頼を受け、一年を通して有害鳥獣の駆除に当たる団体です。市内では1968年に立ち上げられ、現在は30人の会員が活動。農作物に被害を与える鳥獣の駆除や、シカ・イノシシの管理捕獲、サルの追い払いなどを担っています。
「増えすぎた動物を捕獲することは、自然のつながりを守るために必要」と話す安藤忠幸さん(75・戸室)は、この道55年のベテランハンター。市猟友会の会長を務めています。安藤さんは、ハンターだった友人の父に憧れ、20歳で猟銃を握りました。同じ場面が二度とない魅力に引き込まれて始めた趣味の狩猟は、自然界のバランスを整えるための大事な任務となりました。

◆猟犬と共に山へ
市猟友会は月4回、市内の山に入ります。狩猟は、ハンターが犬と一緒に野生鳥獣を追い込む「勢子(せこ)」と、迎え撃つ射手の「立間(たつま)」に分かれます。先に入った立間が、山を囲むように位置に着くのを待ってから、勢子が続きます。安藤さんと共に勢子として行動する吉岡祐邦さん(41・上依知)が、「新しいシカのふんと足跡があった。犬を放す」と、無線で仲間たちに情報を伝えます。放たれた猟犬が、においや視覚を頼りに獲物を追っていきます。「北側へ逃げた」。吉岡さんも大きな声でシカを追いやると山に銃声が響き、待ち構えていた立間がシカを仕留めました。
狩猟中は、誤射はもちろん、険しい山道からの滑落など、不注意が命に関わるケースも少なくありません。森林伐採の影響で地形が変化しているため、常に情報を共有して細心の注意を払っています。「獲物よりも無事故が最優先だからね」。安藤さんは笑顔で話します。
市内に生息するシカは、約6000頭と推計されています。一年間に捕獲されるシカとイノシシはそれぞれ約100頭、ムクドリやドバトなどは約200羽に上り、管理捕獲はまだまだ追い付かない状況です。「ハンターは面白がって野生鳥獣を撃っている訳ではない。そこには命がある」と、力を込める安藤さん。野生鳥獣も生きるために農作物を食い荒らしていることを理解しています。捕った動物は解体して分け合うほか、ジビエとして夢未市で販売するなど、命を決して無駄にはしません。

◆受け継ぐ思い
会員の約6割は70歳代です。高齢化が進む市猟友会では、若い力も育ってきています。勢子役の吉岡さんは、都内でシステムエンジニアとして働いていましたが、会社の倒産を機に以前から興味のあった農業を地元で始めました。住んでいる地域に、イノシシをはじめとした動物が多いことを知り、自身で駆除できたらと10年前に市猟友会に加入しました。「自然に触れ合うこと自体が久しぶりで気持ち良かった」と振り返る吉岡さんは、一瞬の判断で結果が左右される狩猟の世界に引き込まれました。
初めは余裕がなく戸惑いも多かったものの、経験を重ねるうちに、動物の賢さや特有の動きに目が向くようになりました。山を整備して鳥獣たちの餌を確保すれば、人里での被害は減るかもしれないと、人と生き物が共存するための方策に思いを巡らせます。一方で、「生態系にとって何が正解なのか、本当のところは分からない」と話す吉岡さん。かわいそうと思う気持ちを心の奥に抱きながらも猟銃を握り続けます。「ベテランの方々もいずれは引退する。しっかり引き継いでいかなければ」と、先輩たちの背中を追いかけながら、未来を見据えています。

◆地域のために
植生の回復や農作物被害の防止という目的があるものの、狩猟に対する世間の理解がなかなか進まずに「苦しかった」と振り返る安藤さん。今では農家たちから温かい声をもらうことが増え、地域の役に立てていると実感しています。畑をイノシシに荒らされた菊子晃平さん(65・上荻野)は、「被害が出た直後、すぐにわなの設置などをしてくれて大変助かった。被害を受けて諦める人も多いと思うので、猟友会の活動がもっと広まってほしい」と話します。地域の声は、ハンターたちを険しい山へと向かわせる原動力です。
「さあ、集中してやろう」。飯山や荻野の山でシカやイノシシを追いかけ、道なき道を進んでいくハンターたち。人と自然の境界を守るため、今日も一つの命と向き合い続けています。

■野生鳥獣への正しい理解を 誤認保護に注意しよう
野生鳥獣を誤った認識で保護するケースが増えています。もし見つけても基本は手を出さず、自然の営みに任せましょう。

▽けがや病気の野生鳥獣を見つけたら…
・餌を与えない・触れない
野生の生き物はペットではないので、餌やりはやめましょう。人のにおいが付くと多くの哺乳類の親は嫌がり、世話をしなくなるといわれています。安易に触らないようにしましょう。

・すぐに拾わずに見守る
誤認保護の多い巣立ちヒナや子タヌキの親は、近くで見守っていたり、一時的に出かけたりしている可能性もあるため、保護する前に様子を見ましょう。

▽こんなときは、県自然環境保全センターへ
・大人の動物が弱っている場合
・対応や判断に迷ったときなど…
けがをしている時や保護するか迷った時、野生鳥獣を持ち込む時は、事前に県自然環境保全センター【電話】248-0500へ。傷病鳥獣の受け付けは10~16時。外来種やカラス、大型哺乳類は救護対象外。詳細は県自然環境保全センターHPに掲載。

◇生き物と適切な距離感を
県自然環境保全センター
獣医師
大道 真見さん
全ての生き物たちは自然の中で、互いに関わり合って生きています。傷付いて死んでいくことは生態系の重要な仕組みの一つで、他の生き物の糧となり、命をつなぐ役割もあります。このつながりに人間がむやみに介入することは、必ずしも野生鳥獣のためにはなりません。動物たちを見つけても餌をあげるなどせず、そっと見守ってあげましょう。
ネズミ捕りの粘着シートや空が映り込んだ窓ガラスへの衝突など、人間の行動が生き物たちを傷つけているケースも少なくありません。野生鳥獣は、私たちが想像しているよりも人間のそばで暮らしています。共生には、野生鳥獣への理解や、両者の程良い距離感が大切なのではないでしょうか。

問合せ:農業政策課
【電話】225-2813