- 発行日 :
- 自治体名 : 三重県いなべ市
- 広報紙名 : いなべ市情報誌 Link 2025年8月号(vol.261)
■次世代に平和をつなぐ
悲劇を繰り返さないために、歴史から学ぶ―。
戦争の悲惨さを見つめ、平和の尊さを次世代につなげている取り組みを紹介します。
▼語り継ぎ部として戦争を伝える
民上眞由美さん
賀毛神社で2021年から地域の人を対象とした歴史講座「地域の歴史を知る会」を開催。聞き取り調査を基に「三重の戦争遺跡」(つむぎ出版)の執筆に三重県歴史教育者協議会の一員として参加
▽「伝える」ことが、私の使命
北勢町垣内の賀毛神社権禰宜の民上眞由美さんは、同神社での歴史講座や市内小学校への平和学習で、郷土の歴史を伝え続けています。
小中学校教諭だった民上さん。歴史を調べている中で、先人たちの手記に書かれていた「(戦時中)どうして先生は私たち(子ども)を守ってくれなかったのか」という一文にハッとしたそうです。民上さんは「教え子を戦場へ送るような世の中にしてはならない」との思いを強くし、そのためには、歴史を学び、伝えることが大切だと考えました。
「戦後生まれの私は、戦争体験者ではないので語り部ではありません。でも、体験者の父が歌う軍歌を聞いて育ち、戦争が遠い世界のものではないことを知っています。私たちの世代は、先人たちから学んだことを未来ある子どもたちに伝えていかなければならない。“語り継(つ)ぎ部”としての使命を担い、平和な世界をつくりたい。そう思い、子どもたちや地域の人たちへ伝えることを大切にしています」
青い目の人形※など、地域に眠る歴史を掘り起こして伝えている民上さん。子どもたちの平和な未来のために、「伝えること」の大切さを教えてくれました。
※100年前に、日米友好のためアメリカから贈られた人形
▽市内に残る戦争の跡 民上さんが平和学習で子どもたちに伝えている戦争遺跡
〇被爆梵(ぼんしょう)
武器を作るために、鉄や銅でできたものは軍に供出されました。寺の梵鐘(釣り鐘)も供出された後、四日市市の軍需工場で空襲にあい、被弾しました。写真は北勢町下平の説教所の梵鐘で、20以上の穴が開いています。
〇弾薬箱
大砲の弾を入れていた弾薬箱が、市内各地で確認されています。本土決戦のために集められた弾薬とみられ、学校や民家に隠されていました。弾薬は、戦後にアメリカ軍によって員弁川などの河原で処理されました。
〇奉安殿
鐘戦前、戦意高揚のために御真影(天皇皇后の肖像画の写真)が全ての学校に下賜(かし)されました。御真影を祀(まつ)るための建物が奉安殿です。毎日、子どもたちが最敬礼していました。本誌の写真は、戦後に梅戸北神明神社の本殿になった奉安殿です。
▼員弁中学校の平和学習・平和宣言
▽今、私たちの世代が戦争の無い世界にしないと
6月3日(火)、員弁中学校3年生は修学旅行で広島平和記念資料館を訪れ、平和や歴史についての学びを深めました。生徒たちは、3歳で被爆した語り部の脇舛友子さんの話に耳を傾け、平和への訴えである平和宣言をしました。
後日、修学旅行で得た学びを新聞にまとめ、現地で感じた思いを班ごとに発表。
松田壮真さんは「実際に話を聞いたら、一つ一つが重く感じました。被爆した人の皮膚がただれた姿を、脇舛さんが幽霊と例えて語ったことが印象的でした」と話し、日紫喜蒼さんは「戦争の悲惨さ、恐ろしさが体中に伝わってきました。どんな理由があっても戦争はしてはいけない。今、私たちの世代が戦争の無い世界にしないと」と、決意を新たにしていました。
現地を見て、実際の体験者の声が心に響いた生徒たち。平和への思いが強く刻まれていました。
▽人は同じ過ちを繰り返す 改めて今、「平和への訴え」を
今日の平和な社会があるのは、先人たちの努力と希望の積み重ねの上に成り立っていることを忘れてはなりません。
しかし、戦後80年が経ち、戦争の記憶の継承の難しさに直面し、平和の尊さを理解する機会が乏しくなっています。
さらに今、世界の情勢が不穏な空気に包まれ、平和は当たり前ではなくなりました。
過ちを繰り返さないためにも、改めて、私たち一人一人ができる「平和への訴え」とは何かを考えてみませんか。
《info 映画を通して平和について考えよう 「愛、そして絆」のメシェレ映画館2025》
あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。
日時:9月20日(土)
開場:13:00~、上映13:30~
場所:北勢市民会館
入場料:無料(入場券なし、先着順で入場)