健康 【特集1】乳がん・子宮頸(けい)がん―ずっと、そばにいるために―

現在、女性の9人に1人が「乳がん」に罹患(りかん)すると言われています。また、同じく女性特有の疾患である「子宮頸がん」は、ワクチンの接種事業が進められています。子育て世代の自分事として、未来の自分のために、自分の身体のことを考えてみませんか。

■子どもたちへの最後の手紙 ※名前は全て仮名。
小学校6年生と小学校2年生の娘たちに宛てた手紙。
書いた女性(47歳)は5日後に逝去した。
※本紙に掲載されています。
(認定NPO法人J.POSHから提供)

■子どもたちとの幸せな時間が当たり前に続くと思っていた―
それに限りがあるかもしれない…と知ったとき、あなたはどうしますか?

■下の表は乳がん体験者に子どもの有無を聞いたものです。7割以上が子どもがいると答え、2割以上の女性が大学など卒業前の子どもがいると答えており、乳がんは子育て世代の生活に影響を与える可能性がある疾患であることが分かります。

◇乳がん体験者の子どもの有無

資料:静岡県立静岡がんセンター「乳がん体験者の悩みや負担—全国調査結果より—」

■乳がん患者と家族の声
(資料…認定NPO法人J.POSHから提供)
◇娘が1歳半のときに…
私が乳がんに罹患したのは38歳で、娘が1歳半だった夏の終わりでした。体重が少しずつ減っていて、気になっていましたが大丈夫だろうと受診は先延ばしにしていました。ある日、何気なく触った左わきにコロコロと触れるものを感じ、胸騒ぎを覚えました。
病院での検査の結果、左乳房がん、リンパ節転移と診断されました。診断されてからは、娘が小さいこともあり、私が入院・治療中の家族への応援依頼などに気持ちは傾き、自分のことを考える余裕はあまりなかったと思います。治療には、娘がもう少し大きくなるまで生きていなければ…と無我夢中で臨みました。ただ、抗がん剤で体調が良くない日などは病気の自分が恨めしく、健康な人たちが羨ましく、ネガティブで孤独でした。

◇母と最後に観(み)た紅白歌合戦
母が乳がんを告知され、7月頃から抗がん剤を受けながらがんが大きくならないよう祈り過ごしていましたが、効いていないことが分かり、先生から「春を迎えられたらいい」と言われ、私は頭の中が真っ白になりました。
余命を知らせないまま、入院して3か月後、先生から転院か自宅療養を選ぶように言われ、自宅療養を選ぶと、先生は「これが最後の帰宅になるかもしれない」と言われました。家に帰ってきた母は「やっぱり家はいいね」と笑顔で言ってくれました。母と観る紅白歌合戦はとても楽しかったです。
再入院して、だんだん母が弱ってきているのが分かり、涙が止まりませんでした。病院に泊まり込みで看病していたある日の夜、母が「私、もうだめかもしれない」と言い、これが最後の言葉となりました。

◇家族の時間をもっと大事にしたかった
母が右の胸にしこりがあることを父と私に話した時、何度も受診を勧めましたが、母は「どうせ死ぬんやから」と受診しませんでした。
今思えば、仕事の休みの度に私が説得していれば、受診が早くなったかもしれませんが、仕事で精一杯の私は、その時は思いつきませんでした。母がやっと受診し手術を受けた時には、腫瘍が取りきれず、父だけが医師から余命1年の宣告を聞きました。父は動揺して、手術後母に会わずに帰りました。私はその時仕事を休めず、父から聞きました。
父は、母とあまり話そうとせず冷たかったので、私はもっと母に配慮するよう言いました。
母が亡くなってから、父が落ち込み、「妻の最期の状態が辛(つら)かった」と涙するのを見て、あの時の父の不機嫌さは弱っていく母を見ているのが辛かったのだということに気がつきました。父は母に配慮するゆとりがなく、私も父に配慮するゆとりがありませんでした。

◇37歳で罹患した妻と、三人の娘の闘病生活
三女が生まれて1年が過ぎようとした春先のことでした。妻はある日「何かしこりがある」と言ってきました。ちょうど授乳期だったこともあり、私は全く気にもとめませんでした。
これが、私たちの5年半に及ぶ闘病生活の始まりでした。
その夏に手術を受け、左乳房全摘出に加え、リンパ節も一部取りましたが、妻は意外にも明るく振舞っていました。
退院してからも明るく楽しく過ごしていましたが、最初の手術から4年後に胸椎や腰椎への数か所の転移が見つかりました。どんどん攻めてくるがんに心が折れそうになる毎日でしたが、その心を支えてくれたのは子どもたちでした。
しかし、がんは今まで以上の速さで全身に広がっていました。この頃の妻は痛みがひどかったにもかかわらず、家に来てくれる人には常に笑顔で接し、多くの友人が訪れ談笑する毎日でしたが、脳に転移したがんが徐々に言葉を奪っていきました。それでも、うまくろれつの回らない言葉で「ありがとう」と言い続けていました。
そして、三女の保育園でのお遊戯会をしっかりと目に焼き付けた2日後に息を引きとりました。

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