くらし 【特集】戦後80年 平和を考える夏(2)

■学び、演じた「戦争の記憶」
一関空襲を題材に創作劇を発表した一関二高演劇部
一関空襲を題材にした創作劇に取り組んだ一関二高演劇部。作品「いつか」は高い評価を受け、3月21~23日に広島県広島市で開かれた第19回春季全国高校演劇研究大会での上演を果たしました。同29日には一関文化センターでも公演し、戦争を知らない世代の熱演が市民の胸を打ちました。顧問と部員2人に聞きました。(写真は一関での公演)

○脚本を担当した顧問 菊池佳緒理(かおり)教諭
一関文化センター敷地内の「平和の碑」が目に留まり、一関空襲のことを何も知らなかったことに気付いたのが「いつか」を書いたきっかけです。証言集などで情報を集めたほか、生徒の祖母の友人など戦争を体験した90歳以上の6人に直接話を聞きました。
語ってくれたのは、空襲当日のことよりもほとんどは戦時中の生活のこと。「飛行機さえ飛んで来なければ、みんな楽しく暮らしていた」。驚きましたが、そうだよねとも思いました。戦争は背景であって、その時代なりの日常はあった。10代であれば絶対に「胸キュン」もある。脚本ではそういった部分のリアリティーを大切にしました。同世代の彼らが演じ、現代ともリンクする部分があるからこそ、日常の全てを突然暴力で消されるという描写が際立ったのだと思います。
「戦争の記憶は伝えたいけれど忘れたい、でも伝えないと死にきれない」。体験者のそんな思いを、戦後80年を迎えるタイミングで聞くことができました。この演劇が、そういった人たちに少しでも届いていればいいなと感じます。亡き祖父は私に戦争体験を聞かせてくれました。戦争の劇を書くのは祖父母から課された宿題だと思ってきたので、果たせてほっとしています。

○駅に勤めるミドリを演じた 菊地礼奈(れいな)さん(2年)
演じたミドリは女学校を辞めて駅に勤める軍国少女。実際に経験していないので、当時のことを想像しながら体験者の証言を基に「生きること」を意識して演じました。一関空襲のことは知りませんでした。ですが、この史実を伝えなくてはいけないと身が引き締まりました。広島での全国大会では全国の高校生から「岩手でも空襲があったんだね」と驚かれました。各地に戦争があったことが知ってもらえたと思います。戦争は人と人との争い。難しいけれど、止めないと、なくさないといけないと強く思います。

○連結手のタスクを演じた 阿部弦太(げんた)さん(2年)
一ノ関駅で働く連結手のタスク役を演じました。現代と違うしゃべり方、動き方を自分で考えたり先生や周りからアドバイスを受けたりしながら工夫しました。当時を調べてみると、自分と同じぐらいの年の人が学校に行かず危険な仕事に駆り出されていました。それに比べると自分たちは恵まれていると感じます。今この日本では戦争は起きてはおらず、どこか外国の話、自分とは関係ないと思っている節があると思います。平和は続かないかもしれないという危機感を持たなければいけないと考えさせられました。

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