くらし 奏であう人 ボリューム83(2)

■海との出会いが導いた漁師としての第一歩
「釣りが好きで、日本海側の海を知りたいと思い訪れたことが、酒田の海との出会いでした」。そう話すのは、今年の春から酒田市で漁業に従事している志田さん。10年ほど前から趣味の釣りに夢中になり、庄内浜を訪れたことをきっかけに、その魚種の豊富さに惹かれ、漁業研修を1年間受けたのち、漁師としての一歩を踏み出しました。
「同じ魚でも、太平洋のものとは味がまったく違う。庄内の魚はエビやカニなどをたくさん食べているので、身にしっかりと旨みが乗るんです」。
現在は、遊漁船を運営するご主人の船に乗りながら、漁師としての経験を積むため、操船の練習や、季節の魚を追う日々を送っています。
「釣った魚をどう扱うかも大切で、並べ方、氷の使い方ひとつで魚の状態も、商品としての価値も大きく変わってきます。漁師の先輩に教わりながら、一人前を目指しています」。獲って終わりではなく、届けるまで心を配ることが、漁師としての誇りにつながっていると話します。

■食を通して、海を伝えたい庄内の恵みを、日々の食卓へ
一方、鶴岡市で魚料理を提供する飲食店を営む岡崎さんも、庄内浜の魚の魅力を伝え続けています。家業を継ぎ、料理人として板場に立ちながら、近年は地域の恵みを生かした加工食品を開発し、新しいチャネルで庄内発の食を消費者に届けようと取り組んでいます。
「志田さんが話されていたように、庄内の魚は本当に質が高いと感じます。そのことをお店に来店された方にしか伝えられないもどかしさから、加工食品として販売することを思いつきました。しかし、県外の物産展に出店すると、山形に海のイメージがないことを肌で感じます。海岸線も短く、漁に出られる日が限られているという難しさもありますが、それを希少性と捉え、しっかりと価値を伝えられる商品をつくっていきたいと思っています」。
現在は、在来の作物と海の幸をかけ合わせ、庄内の風土が垣間見える食品の開発に力を注いでいます。
「魚の味わいだけでなく、その背景にある土地や文化にも思いを馳せてもらえたらと思います」。

■時代とともに変わる海と生きていく
近年、海の環境は大きく変化し、これまで当たり前に獲れていた魚が減少したり、新たな魚種が獲れるようになっていると二人は話します。
「海水温の上昇や潮の流れの変化により、これまで獲れていた魚が減り、逆にこれまで少なかった魚が獲れるようになるなど、海の変化を感じます。こうした変化の多い漁場で、今ある魚をどう生かすかが、これからの漁業を支える力になっていくのかもしれません。」と話す志田さんに岡崎さんがうなずきながら応えます。
「以前は未利用魚や低利用魚をどう生かすかを考えていましたが、今はその垣根を外して、その時々に水揚げされた魚で料理や商品を考えるようになりました。これから何が獲れるかわからない中で、目の前にある魚を受け入れ、価値を生み出していく。今は、まさにそうした姿勢が一番求められていると感じています。だからこそ、地元の魚に目を向けてほしいですね」。
岡崎さんの言葉に、志田さんも静かにうなずきます。
「普段立ち寄るスーパーで“庄内産”と表示された魚を見かけたら、ぜひ手に取ってみてください。それが私たちの励みになります。漁師の仕事は、本当に面白いです。自然が相手なので、思い通りにいかないことの方が多いのですが、それもまた楽しいです」。感覚を頼りに魚を追い、豊漁だった日の達成感は、何ものにも代えがたい喜びだと語ります。
庄内浜に向き合う漁師と料理人。それぞれの立場から海と魚に寄り添い、自然とともに生きながら、その恵みを次の世代へとつなごうとしています。
二人のまなざしは、庄内の食と暮らしの未来を見つめながら、さらにその先にある希望の光を見据えているようです。