くらし 長崎県立大学 シーボルト校研究紹介 Vol.57

長与町に立地する長崎県立大学シーボルト校。すぐ近くの大学でどのような研究が行われているかをシリーズで紹介していきます。

◆研究手法としての文献研究の意義:感情労働論を事例に
国際社会学部 国際社会学科
金弘 理志 講師

私は教育哲学という分野で社会理論を対象に文献の読解という手法を用いて研究をしています。今回の広報誌では、文献研究と呼ばれる手法に着目し、なぜ私たちがこの手法を採用するのかを確認することによって、少しでも大学という場所で何が行われているのかについて、その一端をお見せできればと思います。
結論から先に述べると、文献研究を主とした研究手法として採用している研究者の多くはある遺産を現代に蘇らせ、その重要性を示すことを目指しています。遺産の中には、思想、理論、歴史、文学など様々なものがあります。それら遺産は、これまで勘違いされて現代で受容されてきたものもあれば、それほど注目を浴びてこなかったものもあります。私たちはこうした必ずしもその重要性を認識されてこなかった遺産を、その遺産を生み出した人たちが生きた時代に擬似的にタイムスリップし、彼らと同じ目線に立つことを通じて、その重要性を明らかにします。
例えば、私はアーリー・ホックシールドという社会学者が生み出した社会理論である感情労働論について研究をしています。感情労働論の論じられた著作である『管理される心』(1983)は、現在ではいくつもの訳語に翻訳され世界中に広まりました。しかし、この著作はそれに関する不十分な理解とともに世界に広まったことが否めません。母親を侮辱するようなある著作との出会いとそれに対する怒りが『管理される心』の出発点にあったことを知った時、今世界に広まっている感情労働論とは異なる感情労働論「像」が私には見えてきました。私の仕事はこれまでとは異なる感情労働論「像」を提示し、その重要性を示すことにあります。
文献研究の存在意義は私たちの多くがある思想、理論、歴史、文学に触れる際、それらを読み違えることに由来します。私たちに意味を運んでくれるメディアとしての言葉は、私たちが思っている以上に私たちを欺き、誤った/不十分な/偏った理解をもたらします。だからこそ、言葉にはそれが論じられてきた歴史があり、それゆえ固有の文脈と意味があることに配慮する必要があります。私の研究室ではそうした言葉に対する真摯な態度を大切にします。